平成14年7月
立 正 安 国 論
 
(新編御書二五〇頁)
日蓮大聖人御真筆 立正安国論
日蓮大聖人御真筆 立正安国論(中山法華経寺蔵)
 広く衆経を披きたるに専ら謗法を重んず。悲いかな皆正法の門を出でて深く邪法の獄に入る。愚なるかな各悪教の綱に懸かりて鎮に謗教の網に纏る。此の朦霧の迷彼の盛焔の底に沈む。豈愁へざらんや、豈苦まざらんや。汝早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ。然れば則ち三界は皆仏国なり、仏国其れ衰んや。十方は悉く宝土なり、宝土何ぞ壊れんや。国に衰微無く土に破壊無んば身は是れ安全にして、心は是れ禅定ならん。此の詞此の言信ず可く崇むべし。
 客の日く、今生後生誰か慎まざらん誰か和はざらん。此の経文を披きて具に仏語を承るに、誹謗の科至つて重く毀法の罪誠に深し。我一仏を信じて諸仏を抛ち、三部経を仰ぎて諸経を閣きしは是れ私曲の思ひ非ず、則ち先達の詞に随ひしなり。十方の諸人も亦復是くの如くなるべし。今世には性心を労し来生には阿鼻に堕せんこと文明かに理詳かなり疑ふべからず。弥貴公の慈誨を仰ぎ、益愚客の癡心を開き、速に対治を廻らして早く泰平を致し先ず生前を安じ更に没後を扶けん。唯我が信ずるのみに非ず、又他の誤りをも誠めんのみ。
現代語訳(日達上人)

 かくの如く広く、たくさんの経々を開いて見ると、いずれも謗法罪の重罪であることが教えられております。悲しいことには、日本国の人々は正法の門から遠ざかり、邪法の獄屋に入ってしまい、愚かなことには、悪い教えの綱に引っ掛かり、永久に謗法の網に包まれてしまうことであります。このように正邪を弁別することもできない朦朧とした迷いに陥って、ついには死して地獄の焔の中に沈没してしまうのであります。誠に秋傷のことであり、苦痛のいたりであります。以上のごとく日本国の人々は邪法を信ずるが故に国中に災難が起こり、ついには国が亡ぶことになるのでありますから、あなたは、一刻も早く邪法を捨てて正法の信心をして、速やかに法華一乗の大善に帰入しなさい。かくしてこそ、この世の中は皆、平和な仏国土となるのであります。仏国土は衰微することがありません。その国土の全体が七宝で出来上がった土地であります。七宝の国土は破壊されることはありません。国が衰微せず、土地が破壊しなければ、その処に居住する人々の身体は安全であり、精神は平穏であります。この言葉こそ、世の人々は信ずべきであり、また崇敬すべきであります。
 このことを聴聞した客は、あなたの御言葉を聞けば、誰でも、今生の行為を慎み、未来の果報を恐れるものであります。只今の経文を披見して仏様のお言葉を拝しますと、誹謗の科は重大であり、毀謗の罪は深重であります。私が弥陀の一仏のみを信心して、その他の一切の仏様を抛ち、弥陀の三部経を信仰して、法華経その他の一切のお経を閣いたのは、私の勝手な考えではありません。私を導いたのは法然上人その他の念仏一門の言葉に従った故であります。恐らく世の中の人々も同様でありましょう。しかし、かくあっては、この世に生活しては、種々の災難のために心身共に苦しみ、しかも死しては又、無間地獄に堕るということは、経文にも明白であり、事実も詳細になっております。全く疑う余地がありません。それゆえに、ご主人あなたの慈悲にあふれる誨めを尊とみ、愚かな私のつたなき考えを開悟し、急いで謗法対治の手段を講じ、一刻も早く天下泰平をいたし、第一に現世の生活を安穏にして、死しては後生の成仏を計りましょう。そして私が法華経を信じて幸福になるだけではなく、他の一切の人々の迷いの心を誡めましょうと、答えました。
言葉の意味

○衆経−−一切の経文

○専ら謗法を重んず−−一切の経文を見ると、いずれの経文にも、正しい教えを誹謗する者は最も重い罪に問われるゆえに、謗法を犯すことを厳しく戒めている、という意。

○邪法の獄(ひとや)に入る−−謗法を犯した罪により、地獄・餓鬼・畜生の三悪道の苦しみにとらわれてしまっていること。

○悪教の綱・謗教の網−−綱は網を操る要となるもの。大綱と網目などといい、おおもとの綱よって末端の網が操られているさまをいう。ここでは、法然の邪法邪義という大きな綱に操られ、衆生は謗法の罪を重ねていることを譬えられている。

○鎮(とこしなえ)−−永久。永遠。

○此の朦霧の迷い−−朦霧とは、もうもうとたちこめる霧のこと。日寛上人は「正を捨て邪を取るの迷心を以て、これを『朦霧』に譬うるなり。蓋し明らかならざる所以なり」と御指南をされている。すなわち、現世において、富士大石寺の信仰を捨てて、邪宗邪義を信ずることによって心が迷っている姿は、濃い霧の中で方角が分からずに迷子になっているようなものである、という意。

○彼の盛焔の底に沈む−−盛焔の底とは無間地獄をいう。盛焔は炎が盛んにあげて燃えているさまをいい、大焦熱地獄のこと。そのさらに下に無間地獄があることからこのようにいわれる。

○汝早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ。日寛上人は「早く邪法信仰の寸心を改めて、速に法華実乗の一善に帰せよとなり。当に知るべし『寸心を改めて』とは即ちこれ破邪なり。『実乗に帰せよ』とは即ちこれ立正なり。『然れば則ち三界』の下は安国なり。」と御指南されている。実乗の一善とはいうまでもなく本門戒壇の大御本尊に帰命することである。

○三界−−この世の中。我々の住む世界。

○仏国−−我々の住む世界がそのまま佛の住む世界となる。念仏で説く西方極楽浄土のような別世界をいうのではなく、娑婆世界がそのまま仏国土になるということ。

○十方−−東西南北の四方と、東北東南西北西南の四維に上下の二方をたしたもの。

○宝土−−仏国土と同じ。

○禅定−−本来の意義は、静かに思いをめぐらす行をいうが、ここでは迷いのない心の状態をいう。

○客の日く、今生後生誰か慎まざらん誰か和はざらん−−日寛上人は「詞は客なれども義は是れ主人なり。客既に信伏して主人の内証の如く領解する故なり。故に客の段にて終わるなり」と仰せられている。御文は客の詞になっているが、大聖人様のお言葉であるという意味である。

○誹謗・毀謗−−正法を破りそしること。

○一仏−−この一仏は阿弥陀如来のこと。

○三部経−−浄土宗(念仏)の依経。阿弥陀経・無量寿経・観無量寿経のことをいう。

○私曲の思いに非ず。−−自分勝手に立てた理論ではなということ。法然の選択集によって法華経を誹謗しているということ。

○先達−−自分より先に目的に到達した人。ここでは念仏の教えを説いた邪僧のことを指す。日寛上人は「『先達』とは、遠くは綽・導・恵信に通じ、近くは法然を指すのみ」と仰せになられる。即ち、浄土宗の開祖である曇鸞や道綽、善道、恵信らの中国の邪僧を遠くといい、日本では法然がこれにあたるとされる。

○性心を労し−−性心は生まれたままの心。性心を労しとは、誤った念仏の信仰により種々の災難を受け苦しむ様をいう。

○来生−−来世。次に生まれるところ。

○阿鼻−−阿鼻地獄。無間地獄のこと。

○慈誨−−慈悲のあふれる戒め。相手のことをしんそこ思う気持ちからでる教訓。

○癡心−−おろかな心。

○唯我が信ずるのみに非ず−−日寛上人は「これ『仏法中怨』の責めを恐るるが故なり」とおおせになられる。
 自分だけ信仰に励むばかりでは経文にある「法を破る者を見て、置いて呵責し駈遣し挙処せずんば、まさに知るべし。この人は仏法の中の怨なり」ということに当てはまる。「謗法を責めずして成仏を願はば、火の中に水をもとめ、水の中に火を尋ぬるがごとし。はかなしはかなし」との御文を思いあわすべき。

文責編集部 転載複写等禁止



Home http://www.butujoji.jp/