平成14年9月1日

永代経 毎月一日奉修
曾禰殿御返事(日興上人御述作)

〜 お彼岸の月に当たって 〜
曾禰殿御返事(日興上人の御書・歴代法主上人全集一/一四九頁)

彼岸御佛料、員数の如く見参候了。富士の珍しき物に候上は申し盡くし難く候。恐々謹言

八月二七日

曾禰殿御返事   白 蓮 花 押
■御文の意味

 お彼岸にあたって、御本尊様への御供養、(お知らせ戴いた)数の通りに確かにございました。富士の珍しい(貴重な)お品です。まことに有り難く御礼を申し上げようもありません。


■語句の意味

彼岸御佛料・・・・・・・・お彼岸にあたってなされた御本尊様への御供養のこと
員数 ・・・・・・・・・・・・・・数量・数
見参 ・・・・・・・・・・・・・・対面する、目にする
■日顕上人の御指南

 苦しみを解決するために仏様は、大慈悲をもって種々の教えを説かれました。我々の本然にあるところの智慧によって苦しみを解決する、あるいは禅定という真の心の平穏によって一切の苦を乗り越える、あるいは善悪の道を正しく踏み分けることによって真の徳を積み、戒徳を自らの身に当てていくというように、仏教のなかにおいて種々の道が説かれております。
 しかし、末法という時代に入ると、これらの教えの一つひとつを切り刻んで細かに修行いたしましても、実相の上から正しく衆生を導くことができない姿になっております。
 例えば、今日も彼岸会ということが仏教各宗において、日本国その他においても行われており、お彼岸が来れば先祖の墓参りはするけれども、彼岸の本当の精神としての布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧等の姿は、今の日本国民の心の中からは全く消え去っております。これらの教えによる諸徳は非常に大切でありますから、過去の時代においては我々の先祖がこのことを深く心得て修行し、徳を積んできたにもかかわらず、今の日本人はほとんど忘れ去っております。これも末法の五濁乱漫の姿がはっきりと現れておる姿であります。
 大聖人様はこういう末法の時代において、これらのことごとくを擣
和合(とうしわごう※注)して一丸としたところの「是好良薬」の妙法蓮華経の五字・七字を根本とする真の仏教の徳が顕れてこなければ、一切の衆生が救われることができないということを仰せでございます。

[大日蓮六百号から] 


※注:擣し和合(とうしわごう)「法華経の御文」/原文は全て漢字ですが、「し」は該当漢字を表記出来ませんでした。)
■彼岸という言葉の意味

 彼岸という言葉は、梵語のParamita(パーラミーター)という語からきています。パ−ラミ−タ−は〔波羅蜜〕と音訳し、〔到彼岸〕または〔度〕と意訳がされます。つまり渡るという意味です。
 仏教では、私たちが生活しているこの世界を穢土または娑婆世界といい、苦しみや悩みの世界であると説いています。そしてこの娑婆世界を此岸、つまりこちらの岸に譬え、煩悩・業・苦の三道という苦しみの根源を大河の流れに譬え、涅槃、つまり成仏の境界を彼岸に譬えるのです。穢土の此岸から生死の苦しみの大河を渡って、彼岸の楽土に到着するためには〔仏の教え〕という船に乗らなければなりません。

[日蓮正宗から]

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