平成15年 3月

上野殿御返事

〜 回向 〜
上野殿御返事    八二四頁〜八二五頁 <要点を抜粋〉

『さつきの二日にいものかしらいしのやうにほされて候を一駄、ふじのうえのよりみのぶの山へをくり給びて候』(八二四頁)

『山里の事ををもひやらせ給ひてをくりたびて候。所詮はわがをやのわかれのをしさに、父の御ために釈迦仏・法華経へまいらせ給ふにや、孝養の御心か』(八二五・一行目)

『いよいよ強盛なるべし。さるほどならば聖霊仏になり給ふべし。成り給ふならば来たりてまぼり給ふべし。其の時一切は心にまかせんずるなり』(八二五・六行目)

■回 向

彼岸にあたり、「回向」について学びたいと思います。
回向とは、回転趣向(えてんしゅこう)の略。回転(えてん)は、めぐらすこと。ぐるぐるとまわすこと。また、趣向(しゅこう)とは、実践すること。おもむくこと。果報に導かれること。目的を定めそれに向かうことです。

 
大智度論(印度の論師竜樹著)には、
「回向とは少物を王に上ぐるが如く、声を廻らして角に入るるが如し」
とあります。少物(僅かのもの・つまらないもの)であっても、王がひとたび手に取れば、素晴らしいものに変わるように、また小さな声でも、角笛を通すことにより、拡大され遠くまで届く例をもって、回向の意義を説いています。

上野殿御返事 

『さつきの二日にいものかしらいしのやうにほされて候を一駄、ふじのうえのよりみのぶの山へをくり給びて候』(八二四頁)

【通解】五月二日に、石のように堅く干した芋のかしら一駄を、富士上野から身延の山中へお送り下されたことに御礼を申します

『山里の事ををもひやらせ給ひてをくりたびて候。所詮はわがをやのわかれのをしさに、父の御ために釈迦仏・法華経へまいらせ給ふにや、孝養の御心か』(八二五・一行目)

【通解】山里でのことを心配されお送り下さいました。思いますに、このことは、亡き父上との別れの辛さから、追善供養の心を起こし、御本尊様への御供養となって顕れたものでしょう。親孝行のお心です。

※ここで「釈迦仏・法華経」とあるのは、御本尊様のことです。注意が必要です。


『いよいよ強盛なるべし。さるほどならば聖霊仏になり給ふべし。成り給ふならば来たりてまぼり給ふべし。其の時一切は心にまかせんずるなり』(八二五・六行目)

【通解】ますます強盛に御信心に励むべきです。貴男が強い信心であるならば、亡き父上は必ず成仏なさるでありましょう。そして成仏なさった父上が必ず貴男を守って下さいます。その時には、あらゆる障害が消えて、貴男は自在の境界を開くことができます。

一、亡き父を思う心から大聖人様に御供養を申し上げる信心。
二、その信心を更に強盛に持続するならば、亡き父の成仏は疑いがない。
三、亡き父が成仏するならば、子供の時光を守ることになる。
四、仏の加護があれば、時光は自在の境界を開くことが可能となる。

 
○御本尊様の仏力・法力の大きさを教えて下さる。
○仏力・法力の大きさを感じることにより、信力・行力もより深まる。


 日蓮正宗富士大石寺の信仰は「常にお盆、常にお彼岸」の心持ちです。お盆やお彼岸だけお墓やお寺にお参りするのではなく、常に仏様のことを思い、御本尊様の功力の大きさを学び、自らの信力・行力を励ますことにより、一生成仏の大功徳を頂戴する信仰です。益々のご精進をお祈りいたします。

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