平成15年 7月 1日

上野殿後家尼御返事

永代経 毎月一日奉修
上野殿後家尼御返事
(文永二年七月一一日 四四歳 御書三三六頁)

御供養の物種々給び畢んぬ。抑上野殿死去の後はをとづれ冥途より候やらん、きかまほしくをぼへ候。たゞしあるべしともおぼへず。もし夢にあらずんばすがたをみる事よもあらじ。まぼろしにあらずんばみゝえ給ふ事いかゞ候はん。さだめて霊山浄土にてさばの事をば、ちうやにきゝ御覧じ候らむ。妻子等は肉眼なればみさせきかせ給ふ事なし。ついには一所とをぼしめせ。生々世々の間ちぎりし夫は大海のいさごのかずよりもをゝくこそをはしまし候ひけん。今度のちぎりこそまことのちぎりのをとこよ。そのゆへは、をとこのすゝめによりて法華経の行者とならせ給へば仏とをがませ給ふべし。いきてをはしき時は生の仏、今は死の仏、生死ともに仏なり。即身成仏と申す大事の法門これなり。法華経第四に云はく「若し能く持つこと有らば即ち仏身を持つなり」云云。

【意 訳】
亡きご主人の初盆の追善供養に供える種々の御供養、確かにお受けいたしました。そもそも上野殿が亡くなられた後に、便りが冥途よりありましたでしょうか。便りがあるとは思いません。夢でなければ姿を見ることもないでしょう。幻でなければお会いすることも叶わないことです。ところが、亡きご主人は、きっと霊山浄土から娑婆世界に残した妻や子のことを、昼となく夜となく、ご覧下さっております。妻や子は肉眼ですから見たり聞いたりすることはありません。しかし、やがては同じ場所に生まれ合わせることができます。私たちは、過去から現在まで、生死生死を繰り返しました。その間に、夫婦として縁を結んだ相手は、大海の砂の数よりも多いのです。ところが、今世での夫婦の縁こそが、真実の縁です。なぜならば、夫の勧めにより法華経の行者となることができました。ですから、仏道に導いて下さった恩を思うならば、亡きご主人を仏と思い、手を合わせるべきです。生きているときも、亡くなった後も成仏に導いて下さる仏です。末法の凡夫がその身を改めずにそのままで仏に成ることができる法華経のみに説かれる大事な法門です。法華経の第四の卷にある見宝塔品第十一に「もし、この法華経をよく持つことができるならば、その時に仏の身を持つことになる」とあります。


【解 説】
 この御文は、文永元年三月八日に亡くなった南条兵衛七郎の初盆にあたり、後家尼が大聖人に御供養をお送りし、追善供養を願った時の御返事です。

 多くの子供たちを抱え、後家尼の心情はいかばかりであったでしょうか。因みに、時光はこの時七歳、弟の七郎五郎はまだお腹の中でした。

 この様な状況の後家尼に対し、大聖人は、「私たちの凡眼に頼るのではなく、仏眼を頼みとしなさい」と教えて下さるのです。そして、「生死ともに仏」と述べられ、「貴女とご主人は、御本尊様を通して結ばれております。決して別々ではありませんよ、必ず加護がありますよ」と励まして下さいます。ご主人は、亡くなった後も後家尼を大聖人のもとに導い下さっており、生きているときも亡くなった後も共に「善知識」であることを述べられて、大聖人の信心の本質を追善供養を通して教えて下さいます。この後の南条家の強盛な信仰はこうして培われていきました。

 今月から四回に分けてこの御書を拝読してまいります。

平成十五年七月 御経日
佛乗寺 笠原建道

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