平成15年 9月12日
竜の口法難会


秋元殿御返事
秋元殿御返事(御書三三四頁)

法華経の行者をば一切の諸天、不退に守護すべき経文分明なり。経の第五に云はく「諸天昼夜に常に法の為の故に之を衛護す」云云。又云はく「天の諸の童子以て給使を為し、刀杖も加へず、毒も害すること能はず」云云。諸天とは梵天・帝釈・日月・四大天王等なり。法とは法華経なり。童子とは七曜・二十八宿・摩利支天等なり。「臨兵闘者皆陣列在前」是又「刀杖不加」の四字なり。此等は随分の相伝なり。能く能く案じ給ふべし。第六に云はく「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」云云。

【通解】
法華経の行者を全ての諸天善神が必ず守護することが経文には明らかです。法華経の安楽行品第十四には「諸天善神が昼となく夜となく、常に法を広めるために法華経の行者を守護する」とあります。また、「天の諸々の童子が給仕となり、刀杖も加えることができず、毒をもってしても殺害することはできない」と説かれています。諸天とは、梵天・帝釈・日月・四大天王等です。法とは法華経です。童子とは七曜・二十八宿・摩利支天等です。中国の道教には「兵闘に臨む者は皆陣列して前に行く」とあります。これはまた「刀杖も加えず」の四字です。これらは相伝です。よくよくお考えになるべきです。法華経の法師功徳品第十九には「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」と説かれます。


【語句】
○経の第五―法華経安楽行品第十四の文。法華経開結三九六頁に「虚空の諸天、法を聴かんが為の故に、亦常に随侍せん。若し聚落、城邑、空閑、林中に在らんとき、人有り、来って難問せんと欲せば、諸天昼夜に、常に法の為の故に、而も之を衛護し、能く聴く者をして、皆歓喜することを得せしめん。所以は何ん。此の経は是れ、一切の過去、未来、現在の諸仏の神力をもって、護りたもう所なるが故に」とある。この経文について、大聖人様は、「御義口伝に云はく、末法に於て法華を行ずる者をば諸天守護之有るべし。常為法故の法とは南無妙法蓮華経是なり」とあります。末法の世に南無妙法蓮華経と折伏の修行に励むことは、諸天善神の守護があることを御教示下さる御文です。しかし、その前提条件として、「常に南無妙法蓮華経の為」との心構えが大切なことが分かります。佛乗寺の今日ご参詣の皆さまはご心配にはおよびません。常に御本尊様のことを思い、広宣流布を念じている方ばかりですから。

○又云はく―同じく安楽行品第十四の文。「天の諸の童子 以て給使を為さん 刀杖も加えず 毒も害すること能わじ 若し人悪み罵らば 口則ち閉塞せん 遊行するに畏れ無きこと 師子王の如く 智慧の光明 日の照すが如くならん」とある。『土篭御書』(四八三頁)には「法華経を余人のよみ候は、口ばかりことばばかりはよめども心はよまず、心はよめども身によまず、色心二法共にあそばされたるこそ貴く候へ。『天の諸の童子、以て給使を為さん、刀杖も加へず、毒も害すること能はじ』と説かれて候へば、別の事はあるべからず」と仰せになります。竜の口の法難の時に、弟子の日朗は土の牢獄に囚われの身となりました。そのことを「身も心も法華経を読んだ」と仰せになり、諸天の加護は間違いないと御指南になります。

○諸天とは・・・―四条金吾殿御返事(一四〇七頁)には「一切の守護神・諸天の中にも我等が眼に見えて守護し給ふは日月天なり。争でか信をとらざるべき。ことにことに日天の前に摩利支天まします。日天、法華経の行者を守護し給はんに、所従の摩利支天尊すて給ふべしや。序品の時『名月天子、普光天子、宝光天子、四大天王、与其眷属万天子倶』と列座し給ふ」とあります。法華経の序品第一には一切の諸天善神が釈尊の法を聴聞するために参集したことが説かれています。そして、安楽行品第十四で、諸天善神が法華経の行者を守護することを誓ったことが説かれるのです。

○七曜・二十八宿―七曜は、太陽・月・火星・水星・木星・金星・土星のこと。二十八宿は二十八種の星座のこと。月が二十八日で天を一周することから、星座を二十八種に配して区別し、それから吉凶を占う古代インドの天文説から、大聖人様は、法華経を受持する衆生を守護する諸天善神として名目を挙げられる。

○摩利支天―常に日天に従い、自在の神力を持っているとされる。武士の守護神として崇められた。

○臨兵闘者皆陣列在前―四条金吾殿御返事(一四〇七)には「此の日蓮は首題の五字を汝にさづく。法華経受持のものを守護せん事疑ひあるべからず。まりし天も法華経を持ちて一切衆生をたすけ給ふ。「臨兵闘者皆陳列在前」の文も法華経より出でたり」とあります。

○一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず―法華経法師功徳品第十九の文。世間で行われる全てのことは実相(妙法蓮華経)である、と言う意味。信心即生活と言う意味もここにある。

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