平成15年 9月28日 佛乗寺支部総登山

南条殿御返事
四条金吾殿御返事
忘持経事
 この支部総登山は、仏乗寺の異体同心の信心をより堅固にするための具体的実践の上から、御法主日顕上人猊下が御指南下さるものです。日顕上人の御意を心に留め御開扉を戴きましょう。

 日蓮大聖人様は、『南条殿御返事(一五七〇頁)』の中で、

「参詣遥かに中絶せり。急ぎ急ぎに来臨を企つべし。是にて待ち入って候べし」

と仰せです。

【現代語訳】
 ご参詣が途絶えております。急いで、急いでご参詣をしなさい。日蓮はここで待っております。

【背景】
 病気になった南条時光に対し、登山参詣を勧められます。強い信仰があれば病も克服することができることを教えて下さる御文です。事実、時光は御指南のままに信心に励み重病を治し、この御書を戴いてから実に50年もの長きに亘って寿命を延ばすことが出来ました。そして、総本山を建立寄進し、広宣流布の礎となったのは皆さまのよく知るところです。

 今日の御登山を、日蓮大聖人様が今か今かと総本山でお待ち下さっている、と言う意味です。楽しみではありませんか。大聖人様がお待ち下さるのです。

 ところが、御登山には苦難がともないました。『四条金吾殿御返事(一二九一頁)』には、

「今度の御返りは神を失ひて歎き候ひつるに、事故なく鎌倉に御帰り候事、悦びいくそばくぞ。余りの覚束なさに鎌倉より来たる者ごとに問ひ候ひつれば、或人は湯本にて行き合はせ給ふと云ひ、或人はこふづにと、或人は鎌倉にと申し候ひしにこそ心落ち居て候へ」

とあります。

【現代語訳】
 御登山の帰りの道中はいかがでしょうかと心配をしておりましたが、何事もなく鎌倉に帰られたとお聞きし、心から喜んでいます。あまりにも心配でしたので、鎌倉より登山をしてくる人があるたびに、「四条金吾殿に行き会ったでしょうか」と尋ねましたところ、ある人は「箱根の湯本で行き会いました」、またある人は「小田原の国府津で」、ある人は「すでに鎌倉にお帰りになっています」、と申されますのを聞いて、心が落ちつきました。

【背景】
 弘安元年十月に四条金吾に与えられた御書です。鎌倉からはるばると大聖人様のもとに登山をした、四条金吾の帰りの道中を心配される大聖人様の御慈悲あふれるお心が拝されます。それと共に、御在世の弟子檀那の登山参詣が、いかに苦労の多い修行であったかを知ることが出来ます。

 日蓮大聖人様が富木常忍に与えた『忘持経事(九五七頁)』では、

「国々皆飢饉して山野に盗賊充満し、宿々糧米乏少なり」

と、当時の道中の様子を述べられております。天変地夭が原因で起こる飢饉で国中が飢え、そのために山野には盗賊が充満し、宿場宿場での食料も乏しい中を、大聖人様のもとに足を運んだことが記されている御文です。まさに、命懸けの登山参詣であったと申せましょう。四条金吾をはじめとする御在世の法華講員は、命懸けの修行に励んだからこそ、罪障消滅の大きな功徳に浴することができたのです。私たちも、平成の法華講として、先輩の姿に学び、大きな功徳を頂く修行に励もうではありませんか。

 また、湯本や国府津等で、大聖人様のもとから帰る人と、これから参詣する人とが行き会ったことが御文から知ることができます。道中で行き会った人たちはどの様な挨拶を交わしたのでしょうか。「今日のお山はよい天気で清々しい御開扉を受けられました。罪障消滅もかなえられると確信をしました」と帰りの人が言えば、「私は明日御開扉を受けるのですが、魔が出ないように心の中でお題目を唱えながら御登山をします」と、今日の私たちと同じように会話をされていたかも知れません。ともあれ、このことから、御在世の弟子檀那が、日蓮大聖人様のもとに足を運ぶことが修行であると心得、実際に御登山をしていたことが拝せられます。

 さらに、『四条金吾殿御返事(一五〇二頁)』では、功徳を示されます。すなわち、

「毎年度々の御参詣には、無始の罪障も定めて今生一世に消滅すべきか。弥はげむべし、はげむべし」

と、御登山によって、過去の罪障が消滅する功徳があることを具体的に御指南下さるのです。

 これらの御書を根幹にして私たち富士大石寺の法華講衆は、日蓮大聖人様のもとに足を運び大きな功徳を実感できる修行に励むのです。

 そして、御開扉を受けられる因縁を大切にし、わが身の幸福を感じるばかりではなく、我慢偏執の心に支配された逆縁の人々に「富士大石寺の御教え」を伝える使命をはたすことを誓おうではありませんか。 

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