日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成16年1月11日 御報恩御講

南条兵衛七郎殿御書
南条兵衛七郎殿御書(新編御書三二五頁)

皆法華経の機と定まりぬ。善人悪人・有智無智、皆五十展転の功徳をそなふ。たとへば崑崙山に石なく、蓬莱山に毒のなきが如し


【意訳】
(日本国の人々は)全員法華経により成仏をする機根であることが定まっております。善人も悪人も、智恵ある者もない者も皆、法華経の随喜功徳品に説かれる「五十展転隨喜の功徳」の原理により、大きな功徳を我が身に具えることができるのです。たとえば崑崙山には宝石しかないように、蓬莱山には毒の植物は生えないように、末法の衆生には法華経こそが成仏の教えなのです。


■五十展転隨喜の功徳

『妙法蓮華経の随喜功徳品十八』(妙法蓮華経開結・四七二)

「若し人法会に於て 是の経典を聞くことを得て 乃至一偈に於ても 随喜して他の為に説かん 是くの如く展転して教うること第五十に至らん 最後の人の福を獲んこと今まさに之を分別すべし」

【意訳】
ある人が法を説く会合に出席して、法華経の教えを聞くことができた。全部を理解することは無理であったとしても、一言二言だけであっても「ああ有り難い言葉だな、素晴らしい教えだな」と思って、喜びの心をおこし、自らが喜ぶだけではなく他の人に教えてあげようと思い実践したならば、その功徳はきわめて大きいものがある。そのようにして、次々に伝えられAからBに、BからCにだんだんと伝え聞いて第五十番目の人になった時の功徳でもはかりしれないものがある。いまその功徳をこまかく分けて説く。


「若し一人を勧めて 将引して法華を聴かしむること有って 言わく此の経は深妙なり 千万劫にも遇い難しと 即ち教を受けて往いて聴くこと 乃至須臾(ないししゅゆ)も聞かん 斯の人の福報 今当に分別し説くべし」

【意訳】
もし一人の人に勧めて、法華経を聞かせる。その時に、「この法華経は深く有り難い教えです、千万年たってもなかなか聞くことのできないものです」と。その話を聞き、(法会の処に)足を運び、少しでも法を聞いたならば、その人が受ける功徳を今ここでこまかく分けて説く。


「世世に口の患(わずらい)無く 歯疎(はす)き黄黒(おうこく)ならず 脣厚(くちびるあつ)くけん欠ならず 悪(にく)むべき相有ること無けん 舌乾き黒短ならず 鼻高く修(なが)く且直(またなお)からん 額広くして平正(びょうじょう)に 面目悉く端厳にして人に見んと憙(ねが)われん 口の気臭穢無(いきしゅうえな)くして 優鉢華(うはつけ)の香 常に其の口より出でん」

【意訳】
その人は生まれかわる度に口の患いがなく、歯並びも良く、黄色くも黒くない。唇も厚くなく縮んだり欠けたりもしない。人が嫌うような悪相にはならず、舌が渇いて黒くなったり短くなったりしない。鼻は高く真っ直ぐである。額は広く偏っておらず、顔つきも端正で厳かで人々からは「あの人に会いたい」と願われるような功徳が具わる。口の息が臭いこともなく優鉢華という花の良き香りが常に口より出る。


「若し故に僧坊に詣いて 法華経を聴かんと欲して 須臾も聞いて歓喜せん 今当に其の福を説くべし 後に天人の中に生れて 妙なる象馬車(ぞうめしゃ) 珍宝の輦輿(れんよ)を得 及び天の宮殿に乗ぜん」

【意訳】
そのようなわけで、僧が住しているところに参詣し、法華経を聞こうと願って、少しの間でもその話を聞くことがあったならば、それは大きな功徳を得ることになる。人に勧められて行っただけでこのような功徳を積むことができるのだから、自らが進んで参詣し、法を聞く功徳ははかりしれない程大きいのである。来世には、天人の中に生まれ、美しい象や馬の車、珍しい宝に飾られた輿に乗るような身分を得るであろう。また天界の宮殿に住むことができるであろう。


「若し講法の処に於て 人を勧めて坐して経を聴かしめん 是の福の因縁をもって 釈梵転輪の座を得ん 何に況んや一心に聴き 其の義趣を解説し 説の如く修行せんをや 其の福限るべからず」

【意訳】
もしまた、法を説く処において、人に勧めて「こちらにお座りなさい」と座っている処を譲って法華経を聞かせるならば、座を勧める貴い行いの因縁により、生まれかわった時に、帝釈天や大梵天王や転輪聖王の地位を得るであろう。参詣したり、少し聞くだけでこのような大きな功徳があるのだから、一所懸命に仏の教えを聞き、法華経の意義を他人に説き、経文の如くに実践する人の功徳ははかりしれない。

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