日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成16年2月8日 御報恩御講

道場神守護事
道場神守護事(御書一〇五二頁)
 建治二年一二月一三日 五五歳

 鵞目五貫文慥かに送り給び候ひ了んぬ。且つ知ろし食すが如く、此の所は里中を離れたる深山なり。衣食乏少の間読経の声続き難く、談義の勤め廃るべし。此の託宣は十羅刹の御計らひにて檀那の功を致さしむるか。止観第八に云はく「帝釈堂の小鬼、敬ひ避くるが如し。道場の神大なれば妄りに侵□(しんにょう)すること無し。又城主剛ければ守る者強し。城主□(おず)ければ守る者忙る。心は是身の主なり。同名同生天は是能く人を守護す。心固ければ則ち強し。身の神尚爾なり。況んや道場の神をや」と。弘決第八に云はく「常に人を護ると雖も、必ず心固きに仮りて神の守り則ち強し」と。又云はく「身の両肩の神尚常に人を護る。況んや道場の神をや」云云。人所生の時より二神守護す。所謂同生天・同名天、是を倶生神と云ふ。華厳経の文なり。文句の四に云はく「賊南無仏と称して尚天頭を得たり。況んや賢者称せば十方の尊神敢へて当たらざらんや。但精進せよ懈怠すること勿れ」等云云。釈の意は月氏に天を崇めて仏を用ひざる国あり。而るに寺を造り第六天の魔王を主とし、頭には金を以てす。大賊年来之を盗まんとして得ず。有る時仏前に詣で物を盗んで法を聴く。仏説いて云はく、南無とは驚覚の義なり。盗人之を聞いて南無仏と称して天頭を得たり。之を糺明せし処盗人上の如く之を申す。一国皆天を捨てゝ仏に帰せり云云。彼を以て之を推するに設ひ科有る者も三宝を信ぜば大難を脱れんか。而るに今示し給へる託宣の状は兼ねて之を知る。之を案ずるに難却って福来たる先兆なるのみ。妙法蓮華経の妙の一字は竜樹菩薩の大論に釈して云はく「能く毒を変じて薬と為す」云云。天台大師云はく「今経に記を得る即ち是毒を変じて薬と為すなり」云云。災ひ来たるも変じて幸ひと為らん。何に況んや十羅刹之を兼ねるをや。薪の火を熾んにし風の求羅を益すとは是なり。言は紙上に尽くし難し、心を以て之を量れ。恐々謹言

十二月十三日
日蓮 花押
御返事


【通解】

 お送りいただいた御供養、銭五貫文、たしかにお受けいたしました。ご承知のようにこの身延山は里を離れた深山です。衣食も乏しく読経の声も途切れそうになり、仏法の談義も怠りがちになりそうな中、貴方の心ざしは誠にかたじけない。これは十羅刹が託宣して供養せしめ、旦那をして布施の功徳を積ませるものでありましょうか。

 摩訶止観の第八の巻に、「帝釋天のお堂では魔鬼が恐れをなして敬い避けるように、道場の神が偉大であれば妄りに侵すことは出来ない。また城主が強ければ守る兵も強く、反対に城主が恐れれば兵士も臆病になります。心は身の主であり、同名・同生の二天が常に人を守護します。心が堅固であれば守りも強いものです。身体の神でさえそうなのですから、まして道場の神はなおさらです」とあります。又、止観輔行伝弘決の第八には「(同名・同生の二天の)常に人を守護すると申しても、必ず心の堅固さによって守護するのです。」とあります。更に「身の両肩に住する神でさえ常に人を守護するのですから、まして道場の神は尚更です」と。人は生まれながらにして、同名・同生という二神が守っております。此を倶生神と呼び華厳経に説かれています。

 法華文句の第四には「(悪人の)盗賊でさえ南無仏と唱えて、(金で出来た)天人の像の頭を得たのであるから、まして賢者が唱えたならば十方のあらゆる尊神が守護の任に当たらないことはない。ひたすら精進し怠けてはいけない」とあります。この止観・文句の意味は、昔インドに天を崇めて仏を信じない国があり、寺院を造っても第六天の魔王を安置しておりました。その魔王の頭が黄金で造られていたので盗賊が狙っていたが果たせずにおりました。或時、盗賊が物を盗んで寺に詣でて仏の説法を聞き、仏の説く「南無とは驚き覚める義なり」という事を聞き、南無仏と唱えて日頃から盗まんとしていた天頭を得ることが出来た。後に(盗賊を)糺したところ、前述の如く告白しましたので、国中の人々は天を捨てて仏法に帰依したのである、といわれております。

 このことを以て、今のことを思うに、たとえ罪がある身でも三宝を信ぜば大難を脱れることが出来るでありましょう。しかるに、今示された(十羅刹の)託宣は以前より承知致しておることですから、このことを考えて見るに、難が去って、福が来る前兆でありましょう。妙法蓮華経の妙の一字を、龍樹菩薩は大智度論の中で、「よく毒を変じて薬となす」と釈しております。また天台大師は(法華玄義巻六に)「今経に記を得る即ちこれ毒を変じて薬となすなり」といっています。災いが襲い来たるとも、返って幸いとなるでありましょう。況んや十羅刹女の兼ねてよりこれを知り示して下さっているのですからなおさらです。(たとえば)薪が火を盛んにし、風が吹いて求羅という虫の大きくなるというように、(幸いもますでありましょう)。

 詳しいことはお手紙では書き尽くすことが出来ません。心をもって推し量って下さい。恐々謹言 



【語意】

●道場守護−仏道修行の道場には必ず影響神があって守護する。此を道場神という。釈氏要覧に「寺院既に十八神の守護あり。神居住の者亦宜しく自励して怠惰して非をなすことを得ざるべし、恐らくは現報を招かんと」

●鵞目五貫−鎌倉時代に使われていた貨幣。真ん中の穴が鵞鳥の目に似ていたのでこの名がある。鳥目青鳬ともいう。一貫は千枚を単位としたもの。したがって五貫文とは鵞目五千枚のこと。

●且つ知食−ご承知の如く。すでにご承知のように。ご存知のように。何々が如く

●此の所−山梨県南巨摩郡身延町のこと。この御文は建治二年一二月一三日とはっきりしておりますから、当時大聖人が住されて居たところが当然「此の所」となる。

●託宣−神仏のお告げ。人に乗り移ったり、夢に顕れたりして、神仏がその意を告げ知らせること。

●十羅刹−十羅刹女のこと。藍婆・毘藍婆・曲歯・華歯・黒歯・多髪・無厭足・持瓔珞・皇諦・奪一切衆生精気(らんば・びらんば・こくし・けし・こくし・たはつ・むえんぞく・じようらく・こうだい・だついっさいしゅじょうしょうげ)の十人。法華経陀羅尼品二六に説かれる。爾前経においては悪鬼とされているが、法華経に至って成仏を許され鬼母神と共に法華経の行者を守護する事を誓っている善神。

●檀那−この御文の檀那は不明。富木殿か、南条殿か。檀那の意は、布施をする信徒という意。

●功を致さしむるか−(檀那に)功徳を積まさせようとしたものでありましょうか。

●止観−摩訶止観のこと。天台大師が中国荊州玉泉寺で説いたものを、弟子の章安大師が筆記したもの。法華玄義・法華文句とあわせて「天台の三大部」といわれ、大聖人は御書の多くで引用されている。「天台大師の摩訶止観と申す文は天台一期の大事、一代聖教の肝心ぞかし」〔兄弟抄九八六頁〕と仰せになっている。一念三千の法門が示され、一心三観を立て観念観法の修行を明かす。摩訶は大、止は邪な考え、思いを離れて心を止める義。観は正見・正智を以て妙法蓮華経を感得すること。観念観法は末法の修行には非ず。

●帝釋堂−帝釋天のこと。釈提桓因 ・天帝釋ともいう。インドのブェーダ神話における最も有力な神。後仏教に取り入れられ、梵天と共に仏法を守護する神とされた。神神の帝王と見なされるので「帝」を付された。

●同名同生−人が生まれると同時にその人に従い常に守る天人。また人の善悪を記録して天に報告するとも云う。ここでは守護の任にあたる神のこと。

●弘決−止観輔行伝弘決のこと。妙楽大師の著書。摩訶止観の注釈書。

●倶生神−同名・同生と同じ。「人の生に従って二種の天あり。常に従って待衞せり、一には同生といい、二には同名という。天は常に人を見るも、人は天を見ざるが如し」(華厳経巻六十)

●華厳経−大方広仏華厳経という。釈尊が正覚を成じたとき三七日の間説いた教え。

●文句−妙法蓮華経文句のこと。法華経の文文句句を解釈し、天台教学の教相を説示。この文は、方便品の「若人散乱心・入於塔廟中・一称南無仏・皆已成仏道、若し人散乱の心に、塔廟の中に入って、一度南無仏と称せし、皆已に仏道を成ぜし。」方便品第二の文。

●天頭−黄金で出来た天人の頭。ここでは次に出てくる第六天の魔王の頭。

●懈怠−精進に対する語、怠ける、怠ること。

●月氏−インド・ガンダーラ地方の古い呼び名。二世紀のころにカニシカ王が出て大乗仏教が栄えた。この地を経て中国に仏法が伝わった事から以来インドを月氏と呼ぶ。

●第六天の魔王−欲界の第六天である他化自在天のこと。多くの眷屬をひきいて仏道を妨る働きをする。「此の天は他の化する所を奪って、而して自ら娯楽するが故に他化自在天という」〔大智度論巻九〕欲界・色界・無色界の三界。仏法で説く世界観で、衆生が往来し止まり住する三つの世界の意。三つの迷いの世界。衆生が生まれて死ぬ流転の領域の世界。生き物が住む世界全体のこと。欲界は最も下にあり、淫欲、食欲の二つの欲を有する生き物の住むところ。欲の盛んな世界。この中には地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六道があり、欲界の神を大六天という。色界は欲界の上にあり、欲を離れた清らかな世界。無色界は最上の領域で物質を越えた世界。

●三宝ー仏宝・法宝・僧宝のこと。仏法を修行するものが尊敬し供養する三つの宝。
○身延日蓮宗の三宝。仏法を釈尊。法宝を南無妙法蓮華経。僧宝を上行菩薩(日蓮大聖人)
○日蓮正宗の三宝。 仏法は日蓮大聖人。法宝は三大秘法の南無妙法蓮華経。僧宝は日興上人を随一として、御歴代の御法主上人。

【日寛上人当家三衣抄】「南無仏・南無法・南無僧とは若し当流の意は、(三宝に付いての日蓮正宗ではどうなんですかと云う問いに対し)南無本門寿量肝心・文底秘沈の大法・本地難思・境智冥合・久遠元初の自受用報身・無三三身・本因妙の教主・末法下種の主師親・大慈大悲・南無日蓮大聖人師。
 南無本門寿量の肝心・文底秘沈の大法・本地難思・境智冥合・久遠元初の自受用報身の当体・事の一念三千・無三本有・南無本門戒壇の大本尊。
 南無本門弘通の大導師・末法万年の総貫首・開山・付法・南無日興上人師、南無一閻浮提座主・伝法・日目上人師、嫡嫡付法歴代の諸師。此の如き三宝を一心に之を念じて唯当南無妙法蓮華経と称えすなわち一子を過ごすべし」と明らかに本宗の三宝義を示されております。また次下の文には、「行者謹んで次第を超越するなかれ勢至経の如くんば妄語の罪に因って当地獄に墜つべし」とあります。

●龍樹菩薩−南インドの大乗の論師。大論(大智度論)の著者。初め小乗を学んだが後雪山で一老比丘から大乗を授けられたと言われている。大乗思想の発展に多大な足跡を残している。

●能く毒−大論の文。

●今経に−「譬えば良医の良く毒を変じて薬となすが如し。」法華玄義巻六

●薪の火を熾んにし−「行解既に勤むれば、三障・四魔紛然として競い起こり、昏を重ね散を巨いにし、定明を翳動す。随べからず。おそるべからず。乃至、当に観を以て昏を観じ、昏に即してしかも朗にし、止を以て散を止し、散に即してしかも寂ならしむべし。猪(チョ)の金山に揩(ノボ)り衆流の海に入り、薪の火を熾んにし、風の求羅を益すが如くなるのみ。」

●求羅−想像上の虫の名前。風を得て大きくなり、やがてはすべての物を呑み込む。

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