日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成16年2月16日 御誕生会

産湯相承事
産湯相承事(御書一七〇八頁)

 又産生たまふべき夜の夢に、富士山の頂に登りて十方を見るに、明らかなる事掌の内を見るが如く三世明白なり。梵天・帝釈・四大天王等の諸天悉く来下して、本地自受用報身如来の垂迹上行菩薩の御身を凡夫地に謙下したまふ。御誕生は唯今なり、無熱池の主阿那婆達多竜王・八功徳水を持ち来たるべし、当に産湯に浴し奉るべしと諸天に告げたまへり。仍って竜神王即時に青蓮華を一本荷ひ来たれり。其の蓮より清水を出だして御身に浴し進らせ侍りけり。其の余れる水を四天下に灑ぐに、其の潤ひを受くる人畜・草木・国土世間悉く金色の光明を放ち、四方の草木華発き菓成る。男女座を並べて有れども煩悩無し。淤泥の中より出づれども塵泥に染まざること、譬へば蓮華の泥より出でて泥に染まざるが如し。人・天・竜・畜共に白き蓮を各手に捧げて、日に向かって「今此三界、皆是我有、其中衆生、悉是吾子、唯我一人、能為救護」と唱へ奉ると見て驚けば、則ち聖人出生したまへり。「毎自作是念、以何令衆生、得入無上道、速成就仏身」と苦我Hき玉ふ。我と少し未寝し様なりし時、梵帝等の諸天一同音に唱へて言はく、善哉善哉善日童子、末法教主勝釈迦仏と三度唱へて作礼而去し給ふと寤に見聞きしなりと、慥かに語り給ひしを聞こし食し、さては某は日蓮なりと言ひしなり。聖人重ねて曰ふ様は、日蓮が弟子檀那等悲母の物語と思ふべからず、即ち金言なり。其の故は予が修行は兼ねて母の霊夢にありけり」


【現代語訳】

日蓮大聖人様のお母様の話によれば、日蓮大聖人様がお生まれになる前夜に富士山の頂きに登った夢を見られたそうです。その時に見渡した周囲の景色は、ただの風景ではなく過去・現在・未来を明らかにするようなものでした。また、大梵天王や帝釈天や仏法守護の持国天・増長天・広目天・多聞天等の諸天善神が来下されて、本地は久遠元初の自受用報身如来様が、垂迹のお姿を顕し、上行菩薩様の御身として凡夫の中に誕生される夢を見られたそうです。その夢では、ご誕生の瞬間に、閻浮提の水源である無熱池の主・阿那婆達多竜王(あなばだった)が八つの功徳のある水(甘・冷・軟・軽・清浄・臭わない・喉によい・腹をこわさない)を持って「この水を産湯に使いなさい」と諸天に云われておりました。その後すぐさま竜神王が青蓮華を一本お持ちになり、その蓮より清水を出して御子の御身にかけ、残りの水を四天下にそそいだならば、人も畜生も草木も国土もことごとく金色に光り輝き、草や木には花が咲き菓がなりました。男女が席を並べても煩悩がありません。淤泥の中に咲く蓮華のように、清浄な世界が出現したのです。人界・天界・竜神・畜生界等の衆生が白い蓮を手に捧げて、日に向かって、「今此の三界は 皆是れ我が有なり 其の中の衆生 悉く是れ吾が子なり 唯だ我一人のみ 能く救護をなす」と唱えている姿を見て驚いたならば、聖人がお生まれになりました。そして、「毎に自ら是の念を作さく 何を以てか衆生をして 無上道に入り 速かに仏身を成就することを得せしめんと」と産声を上げられたのです。少しまどろんだ時に、梵天等の諸天善神が一同に、「善哉善哉善日童子、末法教主勝釈迦仏」と三度唱へて厚く礼をして去られたそうです。このように母が話されたことを日蓮は確かに聞きました。
日蓮大聖人様は、「その夢の中で語られた子供は日蓮のことである」と仰せになり、さらに、「日蓮が弟子檀那等よ、この話を日蓮の母の想像の物語だと思ってはなりません。この言葉は仏の真の言葉です。なぜならば、今日までの日蓮の修行は母の夢の中の出来事と寸分も違わず符合しているからです」と重ねて仰せになりました。


【主・師・親の三徳】

主の徳── 今此の三界は 皆是れ我が有なり

親の徳── 其の中の衆生 悉く是れ吾が子なり

師の徳── 唯だ我一人のみ 能く救護をなす

下山御消息「一身に三徳を備へ給へる仏」(一一四二頁)
開目抄「日蓮は日本国の諸人に主師父母なり」(五七七頁)

○日蓮大聖人様からのご相伝を日興上人がこのような形で残された御文が『産湯相承事』です。大聖人様が末法の御本仏であることを教えて下さる大切な御書です。

文責編集部 転載複写等禁止



Home http://www.butujoji.jp/