日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成16年3月14日 御報恩御講

中興入道御消息
中興入道御消息(御書一四三四頁)

 然るに貴辺は故次郎入道殿の御子にてをはするなり。御前は又よめなり。いみじく心かしこかりし人の子とよめとにをはすればや、故入道殿のあとをつぎ、国主も御用ひなき法華経を御用ひあるのみならず、法華経の行者をやしなはせ給ひて、としどしに千里の道をおくりむかへ、去りぬる幼子のむすめ御前の十三年に、丈六のそとばをたてゝ、其の面に南無妙法蓮華経の七字を顕はしてをはしませば、北風吹けば南海のいろくづ、其の風にあたりて大海の苦をはなれ、東風きたれば西山の鳥鹿、其の風を身にふれて畜生道をまぬかれて都率の内院に生まれん。況んやかのそとばに随喜をなし、手をふれ眼に見まいらせ候人類をや。過去の父母も彼のそとばの功徳によりて、天の日月の如く浄土をてらし、孝養の人並びに妻子は現世には寿を百二十年持ちて、後生には父母とともに霊山浄土にまいり給はん事、水すめば月うつり、つゞみをうてばひゞきのあるがごとしとをぼしめし候へ等云云。此より後々の御そとばにも法華経の題目を顕はし給へ。


『中興入道御消息』 (一四三四頁)

【現代語訳】

 さて、貴男は故次郎入道殿のご子息です。また、貴女は嫁です。素直で正直な心の持ち主であった方の子供と嫁であるからこそ、故入道殿の信仰の後を継承して、国主も信じない法華経を信仰するばかりでなく、法華経の行者である日蓮を不憫と思い、毎年毎年千里の道のりを往復されます。さらにこの度は、幼くして亡くなった娘さんの十三回忌にあたり、高さ六尺の塔婆を建立されました。この南無妙法蓮華経の七字が認められた塔婆の功徳を申し上げるならば、建立した塔婆に北の風が吹いてきた時には風下にあたる南の海に生息する魚類が、また、東の風が吹いたならば風下の西の山を住みかとする鳥や鹿が畜生界の苦しみを免れて天界に生まれ変わることができます。
 畜生界の衆生でさえそうなのですから、塔婆供養の意義を理解している私たち人界の衆生が、手に取ったり直接見たりすれば、なおさら貴い功徳を受けることができます。亡くなられた父母の塔婆を建立して追善供養を行うことにより、太陽や月の光が地球上の隅々までとどくのと同じく、父母が来世にどのようなところに生まれ変わっていようとも、仏の光に照らしだされ成仏の功徳を受けることができるのです。さらに、亡くなられた父母のことを思い、親孝行な気持ちから塔婆を建立して追善供養に励む妻や子供には、寿命が百二十歳まで延びるほどの功徳があります。そして来世には再び父母とともに仏様のところに生まれ合わせることが叶います。このことは、池の波が静かになれば水面に月が映るように、鼓を打てば音が鳴るようにハッキリとした筋道が立っておりますので信じることが肝心です。
 これより後々の追善供養にも法華経のお題目を認めた塔婆を建立してお励み下さい。


【語句の説明】

【故次郎入道殿】中興次郎入道のこと。佐渡の中興の住人。日蓮大聖人様が佐渡配流の折に折伏を受けて入信した人。当抄から人格的に勝れた方であったことが知れる。また妻子もともに大聖人様の信仰に励んでいた。当抄の冒頭で「鵞目一貫文送り給び候ひ了んぬ。妙法蓮華経の御宝前に申し上げ候ひ了んぬ」とあるが、亡き娘の十三回忌の追善供養のために母親の中興入道女房の遣いとして、子供がはるばる佐渡から大聖人様のもとまで登山参詣したことが拝せらる。

【法華経の行者をやしなはせ給ひて】『御義口伝』には法華経の行者について「無作の三身とは末法の法華経の行者なり。無作三身の宝号を南無妙法蓮華経と云ふなり」(一七六五頁)と述べられている。つまり、仏様は日蓮大聖人様であり大聖人様のお名前が南無妙法蓮華経である、と言うこと。故に、大聖人様を末法の御本仏であると私たちは拝する。その大聖人様を御供養すること。

【としどしに千里の道をおくりむかへ】佐渡島から身延山までの距離は現在の地図上では 三百八十キロです。日数は二十日。距離ばかりではなく、日本海があり、日本アルプスと言う険しい山脈を越える道のりですから【千里の道】と表現されたのです。

【おくりむかへ】は漢字を当てはめると「送り迎え」ですから往復と言うことです。少なくとも一度きりの参詣ではないことが【としどし】の御文から分かります。

【去りぬる】亡くなったこと。

【十三年】十三回忌のこと。年忌法要には一周忌・三回忌・七回忌・十三回忌・十七回忌・二十三回忌・二十五回忌・二十七回忌・三十三回忌・三十七回忌・五十回忌・百回忌。等がある。

【丈六のそとば】高さが六尺の塔婆のこと。六尺は一メートル八十センチ。

【南無妙法蓮華経の七字】日顕上人は「御書のなかでは、南無妙法蓮華経は即、また妙法蓮華経なのです。ですから「南無妙法蓮華経の七字」と言うべきはずなのが「南無妙法蓮華経の五字」とおっしゃっておる御文があちらこちらにたくさんある。これは、南無妙法蓮華経と言うも、妙法蓮華経と言うも、実体において少しも変わりはないのです」とおおせです。日蓮正宗で塔婆に妙法蓮華経と認め、南無は認めませんが同じ意なのです。ですから当抄で「南無妙法蓮華経の七字」とあるから妙法蓮華経だけではダメだなどと言うことはありません。

【南海のいろくづ】南側の海に生息する魚類のこと。『船守弥三郎殿許御書』には「海中いろくずの中より出現の仏体を」(二六二頁)とある。

【畜生道】@仏界・A菩薩界・B縁覚界・C声聞界・D天界・E人界・F修羅界・G畜生界・H餓鬼界・I地獄界に分かれる衆生の住処の内の一つ畜生界のこと。『聖愚問答抄』には「世に四恩あり、之を知るを人倫となづけ、知らざるを畜生とす」(四〇〇頁)とあり、報恩の大切さが説かれる。

【都率の内院】弥勒菩薩の住処とされる。後に人界に生を受けそこで成仏をする。

【過去の父母】亡くなった父や母のこと。

【天の日月の如く浄土をてらし】太陽や月の光が地球上をすみずみまで照らすように、仏の慈悲は際限なくとどくことの譬え。『法蓮抄』には「此の文字の数は五百十字なり。一々の文字変じて日輪となり、日輪変じて釈迦如来となり、大光明を放って大地をつきとをし、三悪道無間大城を照らし、乃至東西南北、上方に向かっては非想非非想へものぼり、いかなる処にも過去聖霊のおはすらん処まで尋ね行き給ひて」(八一九頁)とあるように、私たちが朝夕唱える法華経の一文字一文字が仏になって何処までも亡き人を訪ねて下さり助けることが説かれている。

【現世には寿を百二十年持ちて】今生での寿命を延ばすことが出来る功徳を述べられる。寿と書いて「いのち」と読むが、命をのばすことは喜ばしいことなのである。『可延定業御書』定業書には「命と申す物は一身第一の珍宝なり。一日なりともこれをのぶるならば千万両の金にもすぎたり」(七六〇頁)と仰せになり、命の大切さを御教示になる。

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