日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成16年5月9日 御報恩御講

窪尼御前御返事

窪尼御前御返事(御書 一五八一頁)
弘安四年一二月二七日  六〇歳

■窪尼について

 窪尼は駿河国富士郡西山(静岡県富士郡芝川町)の窪と言う所に住んでいた女性の信徒です。日興上人が大聖人様の御本尊様に添え書きをされておりますが、それには、「富士西山河合入道女子高橋六郎入道後家尼持妙尼仁日興申与之」とあります。

 富士河合入道とは日興上人の外祖父であり養父でもある方で、その子女と言えば日興上人の叔母にあたることが知れます。また、高橋六郎入道は、富士郡の加島に住していた信徒で『高橋入道殿御返事』等を頂いています。 総本山第六十六世日達上人は、「私は妙心尼は日興上人の叔母で、加島の高橋六郎兵衛殿の室であり、その夫が病気中即ち建治元年七月頃尼となり妙心と称し、入道の死後、建治三年十一月、幼少の一人娘を連れて生家西山の由比家に帰られ、窪に住して法号を持妙と宗祖から頂いて人々から窪尼と尊称されたので、結局、妙心尼と持妙尼と窪尼は同一である」と御指南されています。


『窪尼御前御返事』として新編御書に載せられている御文は次の通りです。

  @弘安元年六月二十七日 (御書一二四一頁)
  A弘安二年五月四日  (御書一三六七頁)
  B弘安二年十二月二十七日(御書一四三六頁)
  C弘安三年五月三日 (御書一四六六頁)
  D弘安三年六月二十七日 (御書一四七〇頁)
  E弘安四年十二月二十七日(御書一五八一頁)

 このうち ACは御真筆が伝えられておりますが、他は残念ながら散逸しております。しかし、いずれも日興上人がお写しして下さったものが総本山に格護されており、その写本を通して大聖人様の教えを学ぶことができるのです。日興上人が大聖人様の教えを正しく後世の私たちに伝えるうえから、お心を尽くして下さることに対し、ありがたい気持ちが湧き上がってまいります。感謝の気持ちを込めて拝読をすることも、御文の意に通ずる大切な要件であると言えます。

 ちなみに御書の目次を開いてみますと、日興上人の令法久住にたいするお心をより強く拝することができます。目次では、一番上に〈題名〉として御書の呼び名が書かれています。その下が〈異称・略称〉となっております。異称略称とはその御書に別の呼び名がある、と言うことです。そして〈系年/けいねん〉となっております。

 系年とは御書が認められたのは何年の何月何日か、と言うことです。〈聖寿〉は大聖人様のお歳です。次の項目の〈対告衆/たいごうしゅう〉は、御書を頂いた方の名前です。〈真蹟所在地/しんせきしょざいち〉の真蹟とは大聖人様がお書きになったそのままの御書、本物と言うことです。その御書が今どこでお護りされているのか、ということです。最後が〈古写本/こしゃほん〉。これは、御書を書き写した方と保管されている所を表しております。ここに注目してください。〈日興筆〉とされたものの多さに気づかれることでしょう。

 このように、日興上人が書き写して後世に残して下さっているお陰で、私たちは大聖人様の御指南を拝することが出来るのです。六老僧と言われる高弟の中で、大聖人様の御書を伝えるためにこのようにご苦心されたのは日興上人以外にはおりません。

 この一事をとっても、大聖人様からの御付嘱は日興上人以外にはあり得ない、との確信を強くいたします。

 また、御書を七百数十年の間、護り伝えてくださった法華講の先輩への思いを忘れることはできません。多くの法華講衆の尊い外護があったからこそ、今日の私たちの信仰がある、と言うことを忘れて、「大聖人直結」と叫ぼうとも、大切な「感謝の念」がすっぽりと抜け落ちているのでは成仏は叶いません。そのような輩は、「御書根本」と言っても、都合の良いところだけを「切り文」する御書根本になり、大聖人様のお心を拝することは到底できないのです。むしろ『種々御振舞御書』に、

「日蓮を用ひぬるともあしくうやまはゞ国亡ぶべし」(御書一〇六六頁)

とあるように、亡国の現証となって苦しみを受けなくてはならなくなるのです。

 
■根の深い窪尼の信仰

 弘安元年六月二十七日の御書に、窪尼の信心を「御信心の根の深く」と表現されております。根を深く張った木は、台風があろうと日照りに襲われようとも、倒れもせず枯れることもないのと同じで、御信心の根を深くしっかりと張ればどのような難があろうともビクともしません。この御文から、窪尼が女性の身でありながら大聖人の信仰を強く持ち通し、一生成仏の境界を切り開いていったことがわかります。

 また、六通の御書の中で、四通までが二十七日になっております。なにか意味があるのでしょうか。二十七日が亡くなったご主人の命日にあたっているとも考えられます。

 夫に先立たれ、幼い娘を抱える寡婦の身の尼でありましたが、大聖人様の温かい御指南や、甥の日興上人の励のもと、生涯にわたって純真な信仰を貫いた姿は、女人成仏の手本です。



【御文】

 しなじなのものをくり給びて候。



【通解】

 御供養としてお送り下さった種々のものを確かにお受けいたしました。


【ポイント】御供養の功徳

 「しなじなのもの」はどのようなものだったのでしょう。二年前の弘安二年十二月二十七日の御供養には「十字五十まい、くしがき一れん、飴桶一つ」とありますから、おそらく、正月をお祝い申し上げる御供養であったと思われます。尼の御供養に対し、大聖人様は『窪尼御前御返事』(一四七〇頁)では、

「いまの比丘尼は、あわのわさごめ山中にをくりて法華経にくやうしまいらせ給ふ。いかでか仏にならせ給はざるべき」

と述べられています。御本尊様への御供養の功徳は、必ず仏になれることです、とのありがたいお言葉であり、御供養の功徳の大きさを御指南下さるものです。夫に先立たれ、幼い娘を抱えて実家に帰っている窪尼の経済状況はけっして恵まれてはおりませんでした。しかし、その中にあって、大聖人様へ真心からの御供養に励む信心の姿勢に心が打たれます。


【御文】

 善根と申すは大なるによらず、又ちいさきにもよらず、国により、人により、時により、やうやうにかわりて候。
 譬へばくそをほしてつきくだき、ふるいて、せんだんの木につくり、又、女人・天女・仏につくりまいらせて候へども、火をつけてやき候へばべちの香なし。くそくさし。そのやうに、ものをころし、ぬすみをして、そのはつををとりて、功徳善根をして候へども、かへりて悪となる。
 須達長者と申せし人は月氏第一の長者、ぎをん精舎をつくりて、仏を入れまいらせたりしかども、彼の寺焼けてあとなし。この長者もといををころしてあきなへて長者となりしゆへに、この寺つゐにうせにき。



【通解】

 善根というものは、大きいとか小さいとかによるものでもなく、国によっても違いがあり、人や時代によっても変わります。

 たとえば、糞を乾燥させ打ち砕き、それをふるいにかけて選別した粉を固めて栴檀の木に似せたものを作ったり、同じようにして女人や天女や仏像を作っても、火を点けて燃やしときには元の糞の臭いしかしません。それと同じで、生き物を殺したり初穂を盗んだして、仏に供養し功徳善根を積んだように見えても、それはかえって悪業を積むことになります。

 インドで一番の長者である須達長者は、祇園精舎を作って仏を迎えましたが、お寺は跡形もなく焼け落ちてしまいました。その原因は、この長者が、魚を殺す商いをして長者となり、その宝を供養として用いたからです。殺生罪のゆえに祇園精舎はなくなったのです。


【ポイント】真心からの御供養

 大聖人様への御供養が善根を積み、成仏の功徳が得られる修行であることを御指南下さるところです。

「善根と申すは大なるによらず、又ちいさきにもよらず、国により、人により、時により、やうやうにかわりて候」

と仰せになり、善根を積むための御供養は、品物が多ければよいとか、高価なものがよいと言うことではなく、御供養をする心構えが重要であることを知らねばなりません。例えば、十万円の御供養を御本尊様に申し上げるとします。その時に、一千万円の預金がある人と、残高が十万円の人とは、御供養の金額は同じ十万円であってもその真心はいかがでしょうか。したがって、ここでは相対的な御供養ではなく、絶対的な御供養の大切さを教えて下さっております。

「譬へばくそをほしてつきくだき(乃至)功徳善根をして候へども、かへりて悪となる」

 つぎに、悪い行いをした対価として得た金品を仏に供養することは幻のようなものであるばかりか、かえって悪業となることを厳しく戒められております。糞を栴壇の木になぞらえても、糞はどこまで行っても糞であるように、いつわりの心からでたものはやがて明らかになります。悪事を働いて得た金品を仏に供養しても、それを供養とは言わない、と厳しく御指南下さるのです。

「須達長者と申せし人は月氏第一の長者(乃至)この寺つゐにうせにき」

 仏様のために、と言う真心から祇園精舎を寄進したにもかかわらず、消失してしまったのは、過去世の悪業の結果であることをインドの須達長者の供養を例に挙げて御指南されるところです。そのことは反対に、御供養をすることのできるありがたさを学ぶことができます。悪業の最たるものは謗法です。

 日興上人の『遺誡置文』

「一、謗法の供養を請くべからざる事」(御書一八八五頁)

との御指南を肝に銘ずべきです。

 ただし、『上野殿御返事』には、

「須達、仏の仰せの如くせしかば少しもちがはず候ひき。其の後火災なきと見えて候」(御書一五八一頁)

とあり、仏の仰せの如く修行に励み、功徳として過去世の罪障消滅が叶い、七回目に供養をした祇園精舎が消失することはなかったことが述べられています。したがって、当抄でのおおせは、生業として漁師であるものは絶対に功徳を得られない、との意味で仰せになっているのではありません。

『本尊問答鈔』(御書一二七九頁)では、

「安房国長狹郡東条郷片海の海人が子なり」

と大聖人様ご自身も漁師の子供としての御出生であると仰せになるのは、罪障深きものであっても御本尊様の信仰により必ず成仏することを御指南下さる上からのお言葉と拝することが肝要です。また、後の御文にも関連しますように、大聖人様が、私たちに御本尊様の功徳の大きさを示される意味を込めてここで引用されるのです。


【御文】

 今の人々の善根も又かくのごとし。大なるやうなれども、あるいはいくさをして所領を給び、或はゆへなく民をわづらはして、たからをまうけて善根をなす。此等は大なる仏事とみゆれども、仏にもならざる上、其の人々あともなくなる事なり。又、人をもわづらはさず、我が心もなをしく、我とはげみて善根をして候も、仏にならぬ事もあり。いはく、よきたねをあしき田にうえぬれば、たねだにもなき上、かへりて損となる。まことの心なれども、供養せらるゝ人だにもあしければ功徳とならず、かへりて悪道におつる事候。


【通解】

 今の人々の善根も同じです。大きな善根のように見えますが、あるいは戦をして得た領地や、あるいは理由もなく民衆をわずらわして築いた財産を仏に供養することで善根としています。これらの供養は大きな仏事のように見えますが、成仏もかなわず、その人々が供養した跡もなくなってしまいます。

 また、人をわずらわすこともなく、自らの心も正直で、一所懸命に励み善根を行じても仏にならないこともあります。それは、いくら善い種であっても悪い土の田では芽が出ないばかりか種を無駄にして損害が出るようなものです。正直な心であっても供養される人が悪ければ功徳とはなりません。かえって悪道に堕ちます。


【ポイント】戦争で得た宝は宝にあらず

「あるいはいくさをして所領を給び、(乃至)仏にもならざる上、其の人々あともなくなる事なり」

 ここでは、大聖人御在世の衆生の姿を通しての御指南です。「戦をして所領を給び」とは、戦争において手柄を立て、その報償として与えられた領地から生み出された財宝を供養することです。つまり、敵兵を殺害することが戦の手柄となりますから、殺生をして得た宝を仏に供養することです。また領民から搾取したものを仏に供養したとしても功徳にはならないことを述べられています。

 大聖人様は「戦争は悪業である、地獄への道である」とここで明確に仰せです。平時であれば人を殺すことは殺人罪で罪を償わなければなりませんが、戦争で敵兵を倒すと勲章が授与され名誉とされます。しかし、仏法の上からは、どのような理由があったとしても人を殺すことは殺生罪であり罪深い悪業であると仰せになる大聖人様の御指南を拝し、人が人を殺して誉められるような悲惨な戦争のない世界を築かなくてはなりません。立正安国論で大聖人様が指し示して下さる道は世界の平和です。私たち日蓮正宗の信仰者は、世界中の戦争が一刻も早く終結することを願い、争いのない世の中の実現を祈り、そのための折伏を実践しなくてはなりません。日蓮正宗の使命はここにあります。

「よきたねをあしき田にうえぬれば、(乃至)かへりて悪道におつる事候」

 ここでは前段と反対の状況を述べられます。供養をする側が清浄な心であったとしても、供養を受ける相手が謗法であっては折角の志も無駄になることを教えて下さるのです。またそればかりではなく、地獄に堕ちてしまうとまで厳しく謗法への供養を戒められております。供養をする仏を選ぶことがいかに大切であるかがわかります。

 この御文は良く引用されます。「大御本尊様は正しいのだが、現在大御本尊様に御供養すると途中の僧侶が悪いことに使ってしまう。その資金を出した私たちも悪道に堕ちてしまう。だから今は本山に登山しない」と言う論法を池田教祖を信仰する人たちは用います。確かにここだけを拝読すればその通りです。ですから日蓮正宗では謗法の寺社には絶対に供養をしないのです。ところが、この御文は次に続きます。ここの御文だけを引用して、大御本尊様への御供養を否定する理由とするのはまさに「切り文」なのです。次の御文が大事なのです。


【御文】

 此は日蓮を御くやうは候はず、法華経の御くやうなれば、釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏に此の功徳はまかせまいらせ候。


【通解】

 貴女のこのたびの御供養は、日蓮への御供養ではなく、御本尊様への御供養でありますから、釈迦仏や多宝仏や十方の仏が貴女への功徳は決めてくださいますのでご安心下さい。


【ポイント】大御本尊様への御供養には無量の功徳

 ここが大切です。ここで御本尊様の絶対の功徳を教えてくださるのです。窪尼がこれまでに幾度となく御供養をされてまいりました。その功徳は御本尊様への御供養でありますから必ず大きな功徳を得ることが出来るのである、と言う意味です。

 日蓮への御供養ではない、とご謙遜されております。「仮りに日蓮が悪いものであったとしても」との意味を込めてこのように仰せなのです。御供養を受けられるのは、「釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏」であると述べられます。つまり、御本尊様への御供養であることを特に御指南になるのです。このことをさらに考えてみますと、窪尼の御供養は御本尊様になされたのであり、その御供養に対して功徳の厚薄を判断するのは日蓮ではない、御本尊様である、との意味です。ゆえに、「此の功徳は(御本尊に)まかせまいらせ候」と言うお言葉は実に深い意味があるのです。つまり、大聖人様滅後の衆生の機根をお考えになられ、「依法不依人」の教えから、人法一箇の大御本尊様を外護申し上げ、令法久住の上からの御指南であると拝さなくてはなりません。そこでこのように、供養を受けるのは日蓮ではない、御本尊である、だから功徳も御本尊が定めてくださる、と強調されているのです。

 このことを、現在の私たちの信心に当てはめて考えてみますと、ここで仰せの御本尊様は人法一箇の本門戒壇の大御本尊様です。窪尼は私たち一人ひとりです。故に、私たちが御供養を申し上げるその先は、本門戒壇の大御本尊様なのです。したがって、御供養の功徳も大御本尊様が決判下さるのです。大御本尊様の御威徳は無量でありますから、功徳もまた無量なのです。ここが日蓮大聖人様の信心なのです。念仏宗や真言宗などの既成仏教には絶対にまねの出来ない御供養の功徳であり精神なのです。

 また、創価学会やその他の新興宗教には及びもつかないことなのです。大御本尊様の尊さがわからない者たちは功徳を受けることが出来ないゆえんはここにあります。

 「依法不依人」を大聖人様がことに強く仰せになられ、未来の弟子檀那を戒めてくださるのは、現在の池田大作のようなものが出ることをご存じだったからです。その端的な例が正本堂です。

 昭和四十七年に当時の法華講員や学会員たちが御供養をして建立寄進した正本堂がありました。それぞれの立場で懸命に御供養を申し上げたその先は、勿体なくも本門戒壇の大御本尊様です。大御本尊様のお住まいを建立寄進申し上げたのですからその功徳は大御本尊様から頂戴することができたのです。当時の体験発表を読み返してみますと、正本堂の御供養に参加して無量の功徳を頂戴した、と多くの会員が証言しております。これこそ大聖人様が当抄を通して私たちに教えてくださる信心修行のあり方です。すべては「大御本尊様にまかせまいらせ候」との信心が日蓮大聖人の信心です。そして、その功徳は御供養を申し上げた時点で大御本尊様の御照覧下さるところなのです。功徳は、十年後に、「あのときの貴方の心持ちを今理解したから」頂けるという類のものではないのです。

 ところが、正本堂が撤去されるやいなや、元総講頭池田大作の教えを受けた者たちは「私たちのお金で作った建物を壊した」のだからお金を返せと言い、挙げ句の果てには「返還訴訟」まで起こす始末です。(この訴訟は宗門が全面的な勝利判決を獲得しておりますことは大白法等の報道の通りです)しかし、当抄に明らかなように、学会員が正本堂のことについてとやかく言うことは、大御本尊様の御利益を否定する言動であり、日蓮大聖人の信仰をしている者とは言えません。大御本尊様を信仰している、と言う同じ口で大御本尊様の御利益を否定していることに気づかないのが哀れです。これこそが謗法の現証なのです。

 また、『開目抄』の

「心地観経に云はく『過去の因を知らんと欲せば、其の現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲せば、其の現在の因を見よ』」(御書五七一頁)

との御文に照らし合わせて「正本堂」を考えてみますと、「私が正本堂を建立した・本門戒壇の建立は成し遂げた」と言ってはばからない元総講頭池田大作は、「功徳善根をして候へども、かへりて悪となる」・「大なる仏事とみゆれども、仏にもならざる上、其の人々あともなくなる事なり」と言う仏法の因果律の厳しさを教えてくれる善知識とも言えます。今日の結果から考えるならば、正本堂の撤去は元総講頭池田大作の心を映し出しています。その心は、「あるいはいくさをして所領を給び、或はゆへなく民をわづらはして、たからをまうけて善根をなす」と言う状態であったのです。換言すれば、信仰をお金儲けに利用したことが証明されたことになります。御本仏日蓮大聖人様の御眼を欺くことはできないのです。

 さらに、『開目抄』に

「悪師につかへては順次生に悪道に堕つ」(御書五二五頁)

とあります。池田大作という慢心の師に従うことは、永遠に苦しみの境界から抜け出すことができないことを教えて下さる御文です。連日のように会合等で日蓮正宗や日顕上人や法華講員の悪口を言わなければならないのは、まさに「無間地獄」の姿です。

 そこで、悪師に従い「正本堂を壊した」と因縁をつけてくる学会員には当抄を示し、貴方達の申し立ては大聖人様の御供養の精神から外れたものある旨を教えてあげなくはなりません。そして、総本山富士大石寺に登山参詣して、御開扉を受け、大御本尊様に御供養を申し上げる修行に励むことを勧めることが大事です。御供養をすることができるのは良き心の法華講員に限られることは言うまでもありません。


○大御本尊様への功徳を確信
 
 繰り返します。前述しましたように、「大御本尊様を信じてはいるが御供養をしたならば日顕上人や僧侶が遊興に使ってしまう」と言う答へが帰って来ます。その時には、すかさず「この功徳は仏にまかせまいらせ候」でしょ。と教えることが大切です。御供養は御本尊様にするものです。そのお金を悪いことに使ったならば、使った者が御本尊様から罰を受けます。しかし、御供養の功徳は厳然として顕わております。それを「悪しき田」には御供養をしない、と言って大御本尊様への御供養を妨害する言動は、大御本尊様を「悪しき田」と言っていることと同じなのです。実に大きな謗法です。大御本尊様を「悪しき田」と言いながら、南無妙法蓮華経と唱へるのは亡国の大謗法です。

 そもそも、「御供養をしてやった」などという発想は日蓮大聖人の教えにはそぐわない考えです。「仏乗寺は創価学会が建てたのだから出て行け」とも言います。これもまた御供養の精神を理解していないか忘れた者の言うことです。これまで述べてきたことで理解できない者には、慈悲の上からしっかりと言ってあげなくてはなりません「仏乗寺を返せとか、正本堂の御供養を返せと言うのなら、まず御本尊様から頂いた功徳を返してから言いなさい」と。

 池田元総講頭は『御供養の大功徳と題して』「私個人にあっても、奉安殿の御供養に対するその大功徳は、無量に受けております。なんにも不自由しないほどの、功徳に浴しきった生活をしております。また現証をつかんでおります。創価学会においても、とうぜんであると確信をしております」(昭和三十九年十二月二十七日)とまことに立派な発言をしております。

 ですから申し上げるのです。「日蓮正宗を大きくしたのは私たちだ」と言い「寺院を返還せよ」、「御供養を返せ」「正本堂をなぜ壊した」と言う輩には、「まず功徳を返してから言いなさい」と。


【御文】

 抑今年の事は申しふりて候上、当時はとしのさむき事、生まれて已来いまだおぼへ候はず。ゆきなんどのふりつもりて候事おびたゞし。心ざしある人もとぶらひがたし。御をとづれをぼろげの御心ざしにあらざるか。
恐々謹言。

十二月二十七日     日蓮 花押

くぼの尼御前御返事



【通解】

 今年のことは先々のお便りで申し上げましたが、特に寒さが厳しくこのような気候は初めて経験することです。おびただしく降り積もった雪の中では、志がある方でも容易には訪れることができないところを、貴女はお訪ね下さいました。並々ならぬお姿に御信心が表れているように思います。


【ポイント】折伏をしよう

 深い雪に閉ざされて通う人もいない中を、大聖人様の御身を心配して御供養の品々をお届けする窪尼の信心と、その志を御照覧される御本仏との僧俗和合した麗しい信仰を学ぶことができる結びの御文です。大聖人様からこのようにお誉めいただいた窪尼の気持ちはいかほどであったでしょう。

 大聖人様の信仰は誉める信仰です。肯定の信仰です。苦しみの娑婆世界がそのまま喜びの常寂光土である、と示され、私たちに前向きな姿勢を教えて下さいます。

 それに対して、念仏宗の教えは、この世は穢れた世界であり、西方に極楽浄土があるからそこに行こう、と現実の逃避を説きます。これは否定の信仰です。消極的な生き方です。これでは、人生を力強く生きることなど到底できません。まして世の中を良くするんだ、などとは思いもよらないことでしょう。

 最近の創価学会もこの念仏宗に似通って来たようです。なぜならば、前述しましたように、御供養の返還を求める行為やその心。また恨みがましく正本堂の撤去を言いつのる言動。毎日のように繰り返される猊下をはじめ正信の人々への悪口雑言の数々。どれをとっても、大御本尊様の御利益を否定する謗法の念慮から涌いてくる地獄の心です。このように恨み辛みの心は否定の信仰です。何事においても現実を肯定することができない考え方です。このような精神に支配された者たちが政権に参画している限り日本は良くなりません。否定からはなにも生まれないことはこれまでの歴史が証明しております。

 常不軽菩薩が「一切衆生に仏性あり」として礼拝修行をしたように、私たち法華講衆は、『御義口伝』で示される

「今日蓮等の類は不軽菩薩なり」(御書一七七九頁)

との御指南を肝に銘じ、慈悲の発露である折伏を行ずることが《肯定の信仰》を実践することになるのです。そして、罪障消滅が叶い、功徳あふれる人生を歩むことができるようになるのです。

 日蓮大聖人様が当抄で窪尼を通して御指南下さる御供養の功徳を片時も忘れることなく、御法主日顕上人猊下のもと広宣流布の理想を高く掲げ、自らのことは勿論、縁のある方たちの幸福を祈る日蓮正宗富士大石寺の信仰に励み、誤った師に親近しているかつての同志を、大御本尊様の元に導いてまいりましょう。(平成十六年五月九日)

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日蓮正宗向陽山佛乗寺