日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成16年8月15日 盂蘭盆会

四条金吾殿御返事

四条金吾殿御返事(御書一五〇一頁)
弘安三年十月八日 五九歳

四条金吾殿御返事(御書一五〇一頁)

 殿岡より米送り給び候。今年七月の盂蘭盆供の僧膳にして候。自恣の僧・霊山の聴衆・仏陀・神明 も納受随喜し給ふらん。尽きせぬ志、連々の御訪ひ、言を以て尽しがたし。何となくとも殿の事は後生菩提疑ひなし。   


【現代語訳】

 信州・殿岡よりの御供養である米を確かに拝受いたしました。今年のお盆法要のおりにお供えして後に僧侶のお膳といたしました。お下がりを頂いた僧侶はいうまでもなく、霊鷲山で法華経の教えを聴聞した衆生や、その法を説かれた仏様も、また、その時に法華経を信仰する人を守護すると誓った諸天善神も、貴方の志を受け入れて下さり、随喜されていることでしょう。常日頃からの尽きることのない親孝行のお気持ちといい、たびたびのご参詣といい、その素晴らしい信仰を言い表すことはできません。しかし、たとえ日蓮が言い表すことはできなくとも、未来に成仏の功徳として受けることは間違いありません。


【解説】

 当抄は、ご承知のように、四條金吾が亡きご先祖のために、日蓮大聖人様にお盆の追善供養を願い出られた時の御返事です。毎年のことではありますが、お盆の意義を考える上から大切な御指南です。

 現代のお盆といえば、海水浴や山登りの「お休み」に重きがあるようですが、本来の有り様は、母親を餓鬼界の苦しみから救うことができた目連尊者の願いにより、すべての人々が功徳善根を積む修行に励む上からお盆の法要が始まった、と大聖人様が「盂蘭盆御書」(一三七四頁)の中で詳しく御指南下さっておる如くなのです。したがって、亡き方々のことを想うことに重きがなければなりません。

 私たち日蓮正宗富士大石寺の法華講衆は、このような意義のある盂蘭盆会に対し、日蓮大聖人様の仰せを受け継がれた代々の御法主上人の御指南を仰いで、筋道の通った信仰をすることができています。有り難いことです。七百五十年の伝統を守り伝える役目もまた重要であり、功徳も頂戴できるのです。

 その信心の功徳をこの御書で学ぶことができます。ここで、大聖人様は「霊山の聴衆・仏陀・神明」と仰せです。これは御本尊様のお姿をお示しになっているところです。すなわち御本尊様の中央にお認めの南無妙法蓮華経が久遠の法であり久遠の仏様ですから「仏陀」と仰せになります。「聴衆」は上行等の四菩薩をはじめとする有縁の衆生です。また「神明」は諸天善神です。したがって、次の「納受随喜し給ふらん」とあわせて拝すると、御本尊様がお喜びになりその功徳として未来の成仏は間違いがない、という意味になります。

 私たちの信心で拝するならば、末法の御本仏日蓮大聖人様が、追善供養に精進する弟子旦那の信心をご覧になり、未来の成仏をお約束下さる御文なのです。

 つねに申し上げることですが、亡き方のために塔婆を建立し追善供養に励む功徳は、すべてが我が身に返ってくる、ということです。亡き方を想うことは、生かされている我が身を想うことであり、そこには自然と感謝の気持ちが湧き起こってまいります。仏様の境界の一端を心の中で感じられる瞬間ではないでしょうか。

 毎年のお盆はまた、「敗戦の日」でもあります。多くの犠牲があったことを忘れないためにも、追善供養の意義は大きいのです。戦場や空襲などで数え切れない人々が望まない臨終を迎えました。自国だけではありません。相手があることを忘れてはなりません。つねに他者に目を向けて、「自他彼此の思いなく」と平等の精神に立つことが大聖人様の仏法だからです。自分たちの家に、ある日突然異国の兵隊がやってきて、したい放題にされたらどうでしょう。悲しさは日本人以上であると思います。

 戦争ほど悲惨なものはありません。悲惨さを体験したゆえに、再び戦争をしない国を創るために、あえて無条件降伏の日をお盆である八月十五日に選んだのだと思います。愚かしい凡夫に対する仏様のおはからいではないでしょうか。お盆と敗戦の日が重なっていることに思いをいたすべきです。そして、亡き人たちのことを想う日でなくてはなりません。形式だけではなく心の奥底から。

 ご参詣の皆さま、どのようなことがあろうとも、日蓮大聖人様の教えを根本にして、大聖人様、日興上人様以来の唯授一人の血脈をお護り下さる日顕上人の御指南を拝して、一生成仏の修行に励んでまいりましょう。その修行に、ご先祖やご縁の方々の成仏も明らかになるのです。そして平和な世の中の実現は、御本尊様の御利益の弘通以外にありません。

「国をたすけ給へと日蓮がひかうればこそ、今までは安穏にありつれ」(種々御振舞御書・一〇六六頁)

との御金言は、平和な国土を築く根本は日蓮大聖人様の教えにある、との意です。また、

「本門の釈尊を脇士と為す一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし」(観心本尊抄・六六一頁)

との仰せは、世界の平和は御本尊様の御利益によるものである、との御指南です。

 有り難い信仰を私たちは持っております。このことを忘れることのないように、日々の生活の中で一生成佛の境界を開く上からも、本日のお盆の法要に参詣され、追善供養に励まれた意義は深いものがあります。追善供養の意義を確認し、まだまだ暑さは続きますが、暑さに負けない秘訣も「南無妙法蓮華経」の御信心にあると心得て精進をしようではありませんか。

〔 平成十六年八月十五日 〕

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