日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成16年9月12日 御報恩御講/御難会

竜の口法難

竜の口法難
文永八年九月一二日

国府尼御前御書(御書七三九頁)

世間につけ仏法によせても日蓮ほどあまねく人にあだまれたる者候はず

【現代語訳】
世間的にも仏法の上からも、日蓮のように万人から憎まれた者はおりません


法華経勧持品第十三(新編法華経三七七頁)

我れ身命を愛せず、但だ無上道を惜しむ

【現代語訳】
私の身や命を愛することはありません。ひたすらこの上なき道を惜しみます


開目抄(御書五四一頁)

当世、法華の三類の強敵なくば誰か仏説を信受せん。日蓮なくば誰をか法華経の行者として仏語をたすけん

【現代語訳】
今の世の中で、法華経の勧持品十三に説かれる三種類の強敵である、俗衆増上慢・道門増上慢・僣聖増上慢が現れなければ誰も仏の説を信じたり受けたりはしないでしょう。日蓮が三類の強敵を招きよせることで、仏の言葉が真実であることを証明しております


種々御振舞御書(一〇六二頁)

釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ。今の世間を見るに、人をよくなすものはかたうどよりも強敵が人をばよくなしけるなり。眼前に見えたり。(乃至)日蓮が仏にならん第一のかたうどは景信、法師には良観・道隆・道阿弥陀仏、平左衛門尉・守殿ましまさずんば、争でか法華経の行者とはなるべきと悦ぶ

【現代語訳】
釈尊が悟りを開くためには提婆達多が用きが第一でした。(中略)日蓮が仏になるために第一の味方となったのは東条景信であり、僧侶では良観や道隆や道阿弥陀仏です。また、平左衛門尉や北条時宗がおいでにならなければ、日蓮は法華経の行者になることはできませんでした。強敵を悦びとするところです


開目抄(五六三頁)

明鏡の経文を出だして、当世の禅・律・念仏者、並びに諸檀那の謗法をしらしめん。日蓮といゐし者は、去年九月十二日子丑の時に頚はねられぬ。此は魂魄佐土の国にいたりて、返る年の二月雪中にしるして、有縁の弟子へをくれば、をそろしくてをそろしからず。みん人、いかにをぢぬらむ

【現代語訳】
お経文と言う鏡に写して、禅宗や律宗や念仏の僧侶、またその信徒の謗法を教えましょう。日蓮は去年の九月十二日、午前二時に首を斬られました。この書は日蓮の魂魄が佐渡の国に到って翌年の二月、雪の中で認めて縁のある弟子に贈るものです。この書の内容を見た者は厳しいことを仰せになる、と一度は思うかもしれませんが、よくよく拝するならば成仏の方法が説かれているのですから有り難いと思うでしょう。しかし、表面上のことしか見ることのできない人は恐れの心に支配されるでしょう


上野殿御返事(一三六一頁)

三世の諸仏の成道は、ねうしのをはりとらのきざみの成道なり

【現代語訳】
過去・現在・未来の諸仏が仏道を成じた時刻は、午前二時半から午前四時ごろです


如説修行抄(六七〇頁)

真実の法華経の如説修行の行者の弟子檀那とならんには三類の敵人決定せり。されば此の経を聴聞し 始めん日より思ひ定むべし、況滅度後の大難の三類甚だしかるべしと

【現代語訳】
真実の教えが説かれた法華経を、仏が説かれた如く修行をする行者の弟子や信徒となるならば、三種類の敵がはっきりと現れ、定まります。したがって南無妙法蓮華経の教えを始めて聞いた日より覚悟をすべきです。なにを覚悟するかと言えば、法華経法師品の「如來がおいでになる時でもなお怨嫉が多いのです。まして仏が入滅した後はなおさらでしょう」と説かれるように、末法では難が大きく、三類の強敵は甚だしいのです


富木殿御返事(四七七頁)

度々失にあたりて重罪をけしてこそ仏にもなり候はんずれば、我と苦行をいたす事は心ゆへなり

【現代語訳】
たびたび罪を問われることにより過去世の重い罪障を消すことができます。そして仏に成ることができるのです。そのように思えば自ら進んで苦難の道に入ることは覚悟の上です


撰時抄 (八六三頁)

漢土・日本に智慧すぐれ才能いみじき聖人は度々ありしかども、いまだ日蓮ほど法華経のかたうどして、国土に強敵多くまうけたる者なきなり。まづ眼前の事をもって日蓮は閻浮第一の者としるべし


【現代語訳】
中国や日本で、智慧が高く才能に恵まれた聖人はたびたびおいでになりましたが、この日蓮のように法華経に説かれることが真実であると証明し、国中から敵と思われた者はこれまでにありませんでした。そこで目の前に現れた「現証」をもって、日蓮が宇宙の中で第一の者であることを知らなければなりません

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日蓮正宗向陽山佛乗寺