日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成17年2月7日 興師会

日興遺戒置文

日興遺戒置文 新編御書一八八四頁
元弘三年一月一三日

日興遺戒置文 (御書 一八八四頁)

一、富士の立義聊も先師の御弘通に違せざる事。
一、五人の立義一々に先師の御弘通に違する事。
 

【語意】
○立義 - 宗義、教義のこと。
○先師 - 大聖人様のこと。
○弘通 - 法を弘めること。
○五人 - 日朗・日昭・日向・日頂・日持の師敵対の誤りを犯した五人。五老僧とも言う。



『当流行事抄』(六巻抄・日寛上人の御述作)

「但吾が富山のみ蓮師所立の門流なり。故に開山以来化儀化法四百余年全く蓮師の如し」

【語意】
○当流行事抄 - 総本山二十六世日寛上人が著された書。当流とは富士大石寺の門流という意味。行事とは勤行の方法などを含む化儀全般をいう。
○吾が富山 - 富士大石寺のこと。
○蓮師(れんし) - 日蓮大聖人様のことを日寛上人は「蓮師」と言われる。
○開山 - 日興上人のこと。総本山大石寺を開かれたことから、「開山上人」と言われる。
○化儀 - 教化し導く儀式。薬に例えると、効能書きあるいは処方せん。
○化法 - 教化するために説いた法。薬そのもの。
 日蓮正宗でいうところの化儀化法をあえて分けるならば、化法は本門戒壇の大御本尊様。そして大御本尊様の教えを広めるための儀式や勤行等の修行の方法、御本尊様の御安置の仕方などを化儀という。



『日達上人の御指南』

〔日興上人の遺誡置文の前書き〕

 宗祖日蓮大聖人滅後七百年、その門下は既に大聖人の仏法の正鵠(せいこく)を失い、乱雑なる信仰と分派を形成している中に、独り我が日蓮正宗は大聖人の化法に於いて化儀において、一糸の乱れもなく厳然として、そのまま正法を今日まで伝持していることは、実に二祖日興上人が大聖人に随身給仕(ずいしんきゅうじ)して知らず知らずに大聖人の化儀を体得し、なお且つ大聖人の内証の御法門の付属を受け、それを厳格に師伝して金口嫡々(こんくちゃくちゃく)に歴代の法主が相承して来た為である。

 日興上人は大聖人滅後七年にして、自ら別当たるべき身延山久遠寺を捨てざるを得なかった。その御心中は只だ大聖人の化法を如何に正しく清く広宣流布の暁まで伝持するかにあったと推察申すのである。そして富士に移られ大石の寺を建立し戒壇の大御本尊を深く蔵して、広宣流布の時、富士戒壇の根拠とせられたのである。

 そのことは宗祖大聖人の御本意であって、身延の御入山は大聖人の御本意ではない。「日本無双の名山富士山に隠籠(いんろう)せんと欲すと雖も、檀那の請いに依って今此の山に籠居(ろうきょ)す」云々(法華本門宗要抄)と仰せられている。ことに「本門寺の戒壇の勅を申し請ふて戒壇を建てんと欲せば、すべからく富士山に築くべし」と仰せられているから、常時に大聖人の御心のまま働かれた、日興上人であるから、上人は身延を捨てて富士に戒壇建立をはげまれたことが伺われるのである。

 その後、日興上人は大石寺に九年在住せられて、永仁六年、北山に御影堂を移され此処に三十六年在住せられたのである。

 日興上人は、大石寺を戒壇の本拠地としてそこに大御本尊を安置し、弟子日目上人を置かれて之を守護せしめ、自らは北山に更に檀林(学校)を設置して万年救護の為に弟子の教育に当たられたのである。

 さしも御壮健なる日興上人も晩年に及んだので、後々の為に元徳二年正月に大石寺の番帳を定められ正慶元年に日目上人に大御本尊を相伝し大石寺を管領せしめた。更に正慶二年一月十三日弟子等の為に「遺誡置文二十六箇条」を書き遺され、二月七日安祥として御入滅せられたのである。

 此の遺誡の二十六箇条によって大聖人御入滅より二祖日興上人御入滅に到る五十一年の間に大聖人門下の他の人々が如何に大聖人の仏法を破り、化儀を乱したかを知ることができると同時に、日興上人は如何に厳格に之を守って後世に伝えられたかを知ることが出来るのである。此の遺戒置文の御真書は北山本門寺に有ったことはたしかであるが、今は現存せず、我が本山には日時上人の写本、日亨上人所蔵の天文五年八月保田日我の写本、天文年中の日辰の写本等が現存している。



日達上人の御指南


〔日有上人化儀抄の前置き〕

 総本山大石寺には、山法山規という規則があって、われわれは知らず知らず、その規範に律せられているのである。ところが、この山法山規も、そのもとは、二祖日興上人の遺戒置文二十六箇条と、日有上人の化儀抄百二十一箇条にあるのである。

 遺戒置文には
 一箇条に於いても犯す者は、日興が末流に有るべからず。

 化儀抄には
 この上意の趣を守り、行住座臥に拝見有るべく候。

と、強く末弟を誡められているのである。

 その末弟を誡めらたことがらを、末弟がよく心肝に染めて、伝えたのである。それが、いつか、山法山規という名になって、今日に伝えられたのである。

文責編集部 転載複写等禁止



日蓮正宗向陽山佛乗寺