日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成17年6月1日 永代経

妙法蓮華経方便品第二

(その二)

妙法蓮華経方便品

妙法蓮華経 方便品

舎利弗。吾従成仏已来。種種因縁。種種譬喩。広演言教。無数方便。引導衆生。令離諸著。所以者何。如来方便。知見波羅蜜。皆已具足。舎利弗。如来知見。広大深遠。無量。無礙。カ。無所畏。禅定。解脱。三昧。深入無際。成就一切。未曽有法。舎利弗。如来能種種分別。巧説諸法。言辞柔軟。悦可衆心。舎利弗。取要言之。無量無辺。未曽有法。仏悉成就。止。舎利弗。不須復説。所以者何。仏所成就。第一希有。難解之法。唯仏与仏。乃能究尽。諸法実相。


【書き下し】

舎利弗、吾成仏してより已来、種種の因縁、種種の譬喩をもって広く言教を演ベ、無数の方便をもって衆生を引導して、諸の著を離れしむ。所以は何ん。如来は方便、知見波羅蜜、皆已に具足せり。舎利弗、如来の知見は、広大深遠なり。無量、無礙、力、無所畏 、禅定、解脱、三昧あって、深く無際に入り、一切未曽有の法を成就せり。舎利弗、如来は能く種種に分別し、巧に諸法を説き、言辞柔軟にして、衆の心を悦可せしむ。舎利弗、要を取って之を言わば、無量無辺未曽有の法を、仏悉く成就したまえり。止みなん、舎利弗。復説くべからず。所以は何ん。仏の成就したまえる所は、第一希有難解の法なり。唯仏と仏とのみ、乃し能く諸法の実相を究尽したまえり。


【現代語訳】

 舍利弗よ、お聞きなさい。私は仏と成ってより後、数多くの因縁や数多くの譬をもって、すみずみまで行きわたるように言葉をもって教えを説いてきました。その方法として、数え切れないほどの仮りの教えを用いて人々の迷いの心を引き出し、執着をする心を引き出して悟りに導きました。どうしてそのようなことが出来たのかといえば、如来は人々を教え導く方法、智慧を全て備えているからです。
 舍利弗よ、如来が人々を導く智慧は、広く大きく深く永遠なのです。それは、四種の量りしれない心であり、また、法の内容、法を説く姿、言葉、そして法を説く楽しみにおいて完成されたものです。さらに、十の偉大な力、また、法を説く上で四種の畏れのない心、また、禅定、八解脱、三三昧等があります。このように、深く際限のない境地に入り、昔から今日までに、誰も究め尽くすことがなかった法を成就したのです。
 舍利弗よ、如来は種々に真理を見極め、巧みに多くの法を説きます。その言葉は柔軟で、聞く人をして素直にさせ、人々の心を悦ばせるのです。
舍利弗よ、要点をかいつまんでこのことをいうならば、いまだかつてない、量り知ることのできない法を、仏はことごとく成就されたのです。
 やめましょう、舍利弗よ。もうこれ以上説明しても理解が出来ないでしょう。何故ならば、仏の成就されたものは、この世の中で最高の法であり、類い希な法であり、凡夫には理解のしがたい法だからです。ただ仏と仏のみがよく宇宙に存在するあらゆる出来事や物体の真実相を究めつくすことができるのです。


【語句の意味】

因縁=ものごとの生ずる直接的原因を「因」といい、間接的原因を「縁」という。

方便=仮りの教え。方便と嘘の違いは?。方便は相手のため。嘘は自分のため。

智見波羅密=知は物事を知ること。見は、物事を見つめること、本質を見抜くこと。波羅密は梵語のハラミータの音写。日本語では、渡る・到達・完成の意。したがって知見波羅密は、物事の本質を知り、見極め悟りの境界に到ること出来る智慧。ここでは、全てを見極め、正しい方向に導くことの出来る能力、智慧を備えていることをいう。

無量=四無量心のこと。四種類の量かりしれない心をおこし人々を覚りに導くこと。@慈(人々に楽しみを与える心)A悲(人々の悲しみ・苦しみを抜き去る心) B喜(人々とともに喜ぶ心、ねたまない心)C捨(上の三種を行ったからといってそのことに執われることのない心)。以下三昧までは仏が備えている徳を示されています。

無礙=四無礙弁のこと。礙はさまたげる、差し障りがあること。これに無が付くことで、さまたげが無くなる、自在になる意。@法無礙(説く法が自在であること)A義無礙(説く法の内容・理解が自在であること。B辞無礙(法を説く言葉が自在であること)C楽説無礙(前の三種の無礙により人々のために教えを説くことが自在であること)

=仏が備える十種の力。@知是処非処智力 A知三世業報智力 B知諸禅解脱三昧智力C知諸根勝劣智力 D知種々解智力 E知種々界智力 F知一切至所智力 G知天眼無礙智力H知宿命無漏智力 I知永断習気智力。

無所畏 =仏が法を説くにあたって恐れを感じない四種類の智慧と徳のこと。@一切無畏。完全な悟りを得て衆生の中にあっても確信を持って法を説くにあたって畏れのないこと。A漏尽無所畏。すべての煩悩を断尽したと言い切って畏れのないこと。B説障道法無畏。仏道修行の妨げとなる法を破折をするに畏れのないこと。C説尽苦道無畏。煩悩を断じ尽くす法を説くことに畏れのないこと。

禅定 =心を静めて精神を集中すること。

解脱 =煩悩に縛られている心から脱して穏やかな心を得ること。

三昧 =目を閉じて靜に思いを巡らし、心を平静にして対象に向かうこと。

分別 =対象を見て思考を巡らし、それが何ものであるかを識別すること。凡夫は過去の経験などから導かれた主観によって対象に向かうことになるから、ありのままの正しい判断を下すことはできない。凡夫の分別が妄分別といわれる所以である。対して、主観と客観の対立を超越した分別が、仏の分別であり真理を見極める智慧がある。これを無分別智という。

未曽有の法 =これまでになかった法。

言辞柔軟。悦可衆心 =柔らかく優しい言葉。聞く人を素直な心にさせる、不愉快な気持ちにさせないことばで、衆生の心を悦びで満たすこと。心がけたいものです。ただしお世辞を言うことではありません。

無量無辺未曽有の法 =形容のしがたい昔から今日までに顕されたことのない尊い法。

第一希有難解の法 =第一の、有ることが希な、理解がむつかしい教え。
☆一切未曽有 ・無量無辺未曽有の法・ 第一希有難解は何れも、文底の意から拝すると三大秘法の南無妙法蓮華経です。文底とは、大聖人様のお立場から、という意味です。


来月は「十如是」です。難しいところではありますが、ためになります。お楽しみに。

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