日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成17年6月5日 広布唱題会

千日尼御前御返事

千日尼御前御返事 御書一二五一頁
弘安元年七月二八日 五七歳

千日尼御前御返事 (御書一二五一頁)

内典の仏法に入りて五千七千余巻の小乗・大乗は、女人成仏かたければ悲母の恩報じがたし。小乗は女人成仏一向に許されず。大乗経は或は成仏、或は往生を許したるやうなれども仏の仮言にて実事なし。但法華経計りこそ女人成仏、悲母の恩を報ずる実の報恩経にては候へと見候ひしかば、悲母の恩を報ぜんために、此の経の題目を一切の女人に唱へさせんと願す
 

 日蓮大聖人が、「南無妙法蓮華経」と勧め、全ての女性を幸福な生活に導くことを願いとしてたてられる誠に有り難いお言葉ではありませんか。「南無妙法蓮華経」と富士大石寺に御安置の大御本尊様に向かえば、必ず「心の満足」を得られる、との御本仏の大確信をお示し下さるものです。

 現代語に訳しますと、「仏法には多くの経文が説かれているが、いずれの経文にも女性の成仏は難しいものであると説かれている。だから恩のある母親の成仏を願ってそれらの経文を修行したところで母を仏に導くことは出来ないのである。小乗の教えでは、女性の成仏は少しも説かれていない。大乗の教えには、あるいは成仏、あるいは往生という言葉はあるけれども、それは仏の仮の言葉であり、それらの教えで実際に成仏をした者はいない。ところが、この法華経だけは女性の成仏が説かれている。ただ言葉だけではなく実際に仏に成ったことが示されている。だから、母の恩に報ゆることができる。親孝行を実践する教えであると確信するから、母の恩に報ゆるために題目を唱えることを全ての女性に勧めるのである」となります。 

 「女性の成仏」は日蓮の願いである、との仰せは、私たちにとって誠に有り難いお言葉です。何故ならば、私たちは一人の例外もなく母親から生まれました。その母親に対する恩の大切さを知りながら、誤った方法で恩を報じる姿ばかりだからです。亡き母のことを思い、懸命に念仏を唱え母が阿弥陀仏の国に生まれることを願っても、叶えられません。それは、阿弥陀経には女性の成仏が説かれていないからです。反対に、法華経を誹謗する教えですから、成仏ではなく堕獄の因を積むことになります。したがって、せっかくの恩を報ずる気持ちが怨となり母親を苦しめる結果となります。

 存生の母親には、プレゼントをしたり優しい言葉をかけることで一応の孝養はできます。ただし、それは現世に限定された孝養ですから真実の孝養とは言えません。そこで当抄のように、
「悲母の恩を報ぜんために、此の経の題目を一切の女人に唱へさせんと願す」
と仰せになるのです。

 この御文を認められたときには、大聖人の母上は他界されております。したがって亡き母に直接の孝養を果たすことはもはや叶わないが、そのかわりに生きている女性たちに、生きて会うことの出来る女性に「南無妙法蓮華経」と唱えることを勧めるならば、その修行が母に対する孝養になる、という意味も込められます。

 この御指南から、私たちが行う折伏の修行が、恩ある母親に心から感謝をし、親孝行を実践するものであることがわかります。

 この大聖人の御指南を心にとどめ、「唱題」をかさね、「題目を唱えさせんと願う」修行に励み、真実の孝養を実践しましょう。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺