日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成17年9月10・11日 御報恩御講

下山御消息

下山御消息 (御書一一五一頁)
建治三年六月 五六歳

下山御消息 (御書一一五一頁)

 今度法華経の大怨敵を見て経文の如く父母・師匠・朝敵・宿世の敵の如く、散々に責むるならば、定んで万人もいかり、国主も讒言を収れて、流罪し頭にも及ばんずらん。

 其の時仏前にして誓状せし梵釈・日月・四天の願をもはたさせたてまつり、法華経の行者をあだまんものを須臾ものがさじと、起請せしを身にあてゝ心みん。

 釈尊・多宝・十方分身の諸仏の、或は共に宿し、或は衣を覆ひ、或は守護せんと、ねんごろに説かせ給ひしをも、実か虚言かと知りて信心をも増長せんと退転なくはげみし程に、案に違はず、去ぬる文永八年九月十二日都て一分の科もなくして佐土国へ流罪せらる。外には遠流と聞こへしかども、内には頚を切ると定まりぬ。

 余又兼ねて此の事を推せし故に弟子に向かって云はく、我が願既に遂げぬ。悦び身に余れり。人身は受けがたくして破れやすし。過去遠々劫より由なき事には失ひしかども、法華経のために命をすてたる事はなし。我頚を刎ねられて師子尊者が絶えたる跡を継ぎ、天台・伝教の功にも超へ、付法蔵の二十五人に一を加へて二十六人となり。

 不軽菩薩の行にも越えて、釈迦・多宝・十方の諸仏にいかゞせんとなげかせまいらせんと思ひし故に、言をもをしまず已前にありし事、後に有るべき様を平金吾に申し含めぬ。此の語しげければ委細にはかゝず。


【意訳】

 この度、法華経に大きな怨をなし、敵となっている者を見て、経文に説かれているように、父母や師匠の敵、朝敵、過去世からの敵であると思い、徹底的に誤りを打ち破ります。そうすると、多くの人々が(日蓮に)怒りの心をもつようになります。国主も彼らの事実に反する言葉に惑わされて、流罪や死罪にすることでしょう。

 その時にこそ、かつて仏の前で、「法華経の行者を守護いたします」と誓った梵天や帝釈天や日・月や四天王に、約束を実行させることができます。また、「法華経の行者の敵を一瞬でも見逃しません」と誓ったことが実行されるのであれば、(日蓮こそが)法華経の行者であることが明らかになります。

 (日蓮は)さらに諸天善神ばかりではなく、釈尊や多宝仏や十方分身の諸仏が、ある時には法華経の行者と宿を共にしたり、ある時には衣をもって身を覆い隠くそう、ある時には守護をしよう、と熱心に仰せられたことが、真実の言葉か偽りの言葉であるかを確かめると共に、自らが法華経の行者であることを知るために退転なく励みました。思っていた通りに去る文永八年九月十二日にまったく罪がないにもかかわらず佐渡に流罪になりました。幕府は佐渡に流罪と表面上は申しておりましたが、本心は首を斬ることにありました。

 (日蓮は)このことを以前から予測しておりましたので、弟子に向かっては、
「中務三郎左衛門尉と申す者のもとへ、熊王と申す童子をつかはしたりしかばいそぎいでぬ。今夜頚切られへまかるなり、この数年が間願ひつる事これなり。此の娑婆世界にしてきじとなりし時はたかにつかまれ、ねずみとなりし時はねこにくらはれき。或はめに、こに、かたきに身を失ひし事大地微塵より多し。法華経の御ためには一度も失ふことなし。されば日蓮貧道の身と生まれて、父母の孝養心にたらず、国の恩を報ずべき力なし。今度頚を法華経に奉りて其の功徳を父母に回向せん。其のあまりは弟子檀那等にはぶくべしと申せし事これなりと申せしかば、左衛門尉兄弟四人馬の口にとりつきて、こしごへたつの口にゆきぬ。此にてぞ有らんずらんとをもうところに、案にたがはず兵士どもうちまはりさわぎしかば、左衛門尉申すやう、只今なりとなく。日蓮申すやう、不かくのとのばらかな、これほどの悦びをばわらへかし、いかにやくそくをばたがへらるゝぞと申せし時、江のしまのかたより月のごとくひかりたる物、まりのやうにて辰巳のかたより戌亥のかたへひかりわたる。十二日の夜のあけぐれ、人の面もみへざりしが、物のひかり月よのやうにて人々の面もみなみゆ。太刀取目くらみたふれ臥し、兵共おぢ怖れ、けうさめて一町計りはせのき、或は馬よりをりてかしこまり、或は馬の上にてうずくまれるもあり。日蓮申すやう、いかにとのばらかゝる大に禍なる召人にはとをのくぞ、近く打ちよれや打ちよれやとたかだかとよばわれども、いそぎよる人もなし。さてよあけばいかにいかに、頚切るべくわいそぎ切るべし、夜明けなばみぐるしかりなんとすゝめしかども、とかくのへんじもなし」(『種々御振舞御書』一〇五九頁)
と申しました。


 長い引用になりましたが、『種々御振舞御書』で、竜の口の法難の様子を克明に述べられたところです。このように大聖人様は、御本仏としてのお振る舞いを私たちに示して下さることにより、南無妙法蓮華経のご信心の正しさ、御本尊様のお力の大きさを学ぶことができます。御本尊様を信じ、広宣流布のために命を捧げる決意があれば、絶体絶命の危機に遭遇しても必ず御本尊様のご加護を受けることができるのです。佛乗寺法華講員は、大聖人様のお姿をしっかりと見つめて、我が身に引き当てて広布のために精進することができていると確信いたします。成仏の功徳を確信いたします。

 さて元に戻ります。人間として今生に生を受けることは極めて少ないことであり、また命も失いやすいものです。さらに、生まれてくる以前の、遠い過去世から無用なことには命を失うことはありましたが、法華経のために命を失うことはありませんでした。ところが、今日のことにより法華経のために首を斬られるのですから、仏より法を受け継いで、法のために命を落とした師子尊者以来絶えていた、「命を惜しまずに法を弘める」修行には、天台大師や伝教大師が法華経を弘めた功徳よりも勝れていると思います。付法蔵の上では二十五人ですが、そこに(日蓮)を加えて二十六人とすることができるでしょう。

 (末法の日蓮の折伏行は)不軽菩薩の修行を超えたものであり、釈尊や多宝仏や十方分身諸仏の切なる願いである正法広布のお役に立つことを思って、言葉も惜しまずにこれまでのこと、この後に起こるであろうことを、(日蓮を)捕らえに来た幕府の役人の平頼綱に申し聞かせました。これらのことは細かくは今は書きません。 


【当抄の大意】

 当抄は建治三年(一二七七年)六月、身延において御述作になられたものです。大聖人五六歳の御時です。与えたれたのは甲斐国(山梨県)南巨摩郡下山の地頭、下山兵庫五郎光基(しもやまひょうごごろうみつもと)です。十大部に選定されております。折伏にあたっての適切な御指南がいたるところにわかりやすい言葉で示されている御文です。

 御書の最後をご覧いただくと、差出人が「僧 日永」(一一六〇頁)となっておりますことから、日蓮大聖人の書かれたものではない、と思われるかも知れません。

 ここにある差出人の「僧日永」とは、下山兵庫の子供で日興上人から折伏を受け大聖人の弟子となった「因幡房日永(いなばうにちえい)」のことです。日永は天台宗の僧侶であり、天台にありながらも念仏の修行を強盛にしておりました。しかし、日蓮大聖人の教えが末法の真実の教えであることを日興上人から学び、大聖人の門下となったのです。

 ところが、父親の下山兵庫は念仏の強信者でありましたので、日永が法華経の信仰に変わったことを快く思いませんでした。思わないばかりか法華経信仰を妨害するようなことになったのです。そこで、日永は日蓮大聖人にお願いして、父親への折伏の手紙を書いて頂いたのです。この書をいただいた下山兵庫は、念仏の信仰を捨てて日蓮大聖人に帰依し、大聖人御在世の間は外護に励みました。

 長文ですが簡単に大要を述べますと、冒頭で、日永が父親の下山兵庫から念仏信仰を捨てて日蓮大聖人の信仰をするようになったことを強く責められたことに対して、その顛末を詳しく述べられています。また宗教の五綱や諸宗の破折などをわかりやすいお言葉で示して下さっております。例えば、
「小善還って大悪となる。薬変じて毒となる」(一一三八頁)
や 、
「上に挙ぐるところの経々宗々を抛ちて、一向に法華経を行ずるが真の正直の行者にては候なり」(一一三九頁)

「教主釈尊より大事なる行者」(一一五九頁)
との御指南は、私たちの日頃の折伏の手引きとして誠に適切な御文です。

 当抄の最後に、世間の人々が法華経の信仰をしないから、といって法華経を持たないのは、「人を信じて法を信じない」愚かなことである。仏法のためには親の意見に随うのではなく、法華経の修行に励み反対に親を導くことが真の孝養である、また、念仏を読まないのは親孝行のためである、と述べられ、日蓮大聖人の信仰を貫く決意の固いことを宣言されています。

 長い御文ではありますが、最初から最後まで拝読し、「折伏の時にはここが使える」と思ったところには、線を引き、あるいはノートに書き写して何度も拝読し心に入れておきたいものです。

 残念なことに、この様な固い決意で日蓮大聖人の弟子になりながら大聖人滅後は退転したことが日興上人の弟子分帳から明らかです。すなわち、
「甲斐の国下山の因幡房は日興が弟子なり。よって申し与うるところ件の如し。ただし今は背き已んぬ」(歴代法主全書一巻九十頁)
の如くです。厳しい因果ですね。過去世からの厳しい因縁を見る思いがいたします。私たちは、下山兵庫、日永親子を「他山石」として、生涯変わることなく富士大石寺の信仰を貫くことが一生成仏のために大切です。

 まだまだ暑い日が続き、夏の疲れが出る季節です。お題目を第一に精進し乗り越えてまいりましょう。秋が目前です。法華経こそ第一の薬、とのお言葉を胸に、新本堂建立と御法主上人の御下向を願って励んでまいりましょう。

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