日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成18年3月1日 永代経

妙法蓮華経如来寿量品第十六

(寿量品その六)

妙法蓮華経 如来寿量品第十六

○「良医」は日蓮大聖人様・「子息」は私たち衆生

毒薬を飲み苦しんでいる子供たちは私たちに例え、良医は日蓮大聖人様に例えられます。その医師は智慧が「聡達」です。聡達とは、物事をよく見極め全てにおいて行き届いたことで、医師であれば、あらゆる病を治療する知識を持ち、治療をすることができる勝れた方です。「明練方薬」は、薬の処方のことをいいます。薬の知識もまた勝れているのです。


○迷い苦しみの生活が「薬発悶乱」

私たち末法の衆生の機根にあわない信仰により、願いを叶えることができない様子を、薬を誤って薬を飲み、副作用で苦しむ姿に例えられる。


○毒薬を飲んで本心を失う者と失わない者がいるが、両者とも父親の顔は忘れてない。

このことは、本心を失う子供も本心を失わない子供も、共に父親の顔を見て、どうかこの苦しみを取り除くことができますように、と願っている。このことから、どのような衆生であっても心の奥底には仏を求める心のあることが示される。「仏性がある」という言い方をすることもある。ところが、本心を失った者は素直に教えに従うことができない故に、各々の勝手な心からさらに毒薬を飲んでいる状況が今日である。多くの誤った信仰に何ら疑うことなく、盲信しているのである。それらの薬を絶ち「良薬」を教えることが大切なゆえんである。


○最高の薬を与える。最高の薬は、混じりけのない純粋なもの。
「色も香りも味も良い薬」が父親が与えてくれたものです。ところが素直に飲めない子供がいるのです。残念ながら。「」という御文があります。「擣」はつく、たたくなどの意味があります。薬草を臼の中に入れてつき薬の成分を取り出す作業です。「」は篩(ふるい)のことです。付いて成分をとりだした薬草をさらに篩にかけて、混じりけのない成分を抽出する作業のことです。いらないものは捨ててしまい、必要なものだけを集めて調合する作業が「和合」です。このようにして、方便の教えを取り除き、混じりけのない純粋で最高の教えを説かれ、末法の衆生に与えられました。


○素直に飲むことができれば病は治る

ところが最高の薬であっても飲まなければ効きません。目の前において見ているだけでは効能は現れません。当たり前ですね。御経文には「本心を失っていない者は父親のいう通りに薬を飲んだところ、たちまちに病が治癒した」と説かれます。「即便服之 病尽除癒」というところです。私たちも、素直にお題目を唱えたならば、過去の罪障はことごとく消滅するのです。御本尊様のお力を信じ、大聖人様が仰せ下さるように折伏に励むならば必ず罪障消滅の大きな功徳が受けられます。
大聖人様の教えは絶対である、このことを強く心に入れるならば、「どのような願いも叶えられ、過去の罪も消滅し、筋道の通った生活により幸福な境涯を得ることができるのです。


○今日のポイント

」した薬は純粋で混じりけのない最高の薬である。その薬の名前は「南無妙法蓮華経」です。いま私たちは純粋無垢の薬を服用しているのである、と確信し、朝夕の勤行をしましょう。今月はお彼岸です。仏道修行に相応しい時である、とされます。ともに励みましょう。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺