日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成18年4月2日 広布唱題会

上野殿御返事

上野殿御返事 御書一二一九頁

上野殿御返事 (御書一二一九頁)

この南無妙法蓮華経に余事をまじへば、ゆゆしきひが事なり。日出でぬればとぼしびせんなし。雨のふるに露なにのせんかあるべき。嬰児に乳より外のものをやしなうべきか。良薬に又薬を加へぬる事なし。此の女人はなにとなけれども、自然に此の義にあたりてしをゝせぬるなり。たうとしたうとし
 

 当抄は今を去る七二八年、弘安元年四月一日に南条時光殿に与えられた御文です。時光殿の従姉妹である「石河の姫御前」がお題目を唱えながら臨終を迎えられたことを大聖人様にご報告したときの御返事です。

 その中で大聖人様は、姫御前が臨終にさいし、お題目を唱えることができたのは「先世の宿業」であると述べられ、また、大聖人様の教えを少しも疑うことなく、少しの迷いもなく「南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経」とお題目を唱えるところに即身成仏がある、と御指南下さっております。

 さらに、姫御前が「臨終正念」つまり、少しも乱れることもなく苦しむこともなく、安らかに来世に旅立つことができたのは「日蓮の法門が正しい証拠である」と御本仏の御確信を仰せ遊ばされます。

 本日拝読の箇所は当抄最後の部分です。この南無妙法蓮華経の教えのほかに成仏の教えがあると思うのは、大きな誤りであることを、太陽と灯火、雨と露とを対比して示されます。また、嬰児にとっては母乳が最高の栄養源であるように、さらに、良き効き目の薬に他の薬を混ぜることがないようなものである、と分かりやすい例を引かれて御指南下さいます。

 文の中の
「しをゝせぬるなり」
は貫き通すという意味ですから、こゝでは信心を臨終最後まで貫かれた、ということです。そのような姿勢が
「たうとしたうとし」
なのであることはいうまでもありません。私たちも姫御前の信仰を手本として、どのようなときにも御本尊様を疑うことなく、信じ切ってゆくことが成仏の道であると心に定めるべきです。御本尊様を持ちながら、御本尊様以外に幸福になる道があるなどと考えて、他の教えに少しでも心が動くことは
「余事をまじへ」
ることであり
「ゆゆしきひが事」
なのです。

 毎月第一日曜の唱題行は、「余事をまじえない」富士大石寺の唱題行です。御法主上人と心を一つにして、世界中の人たちの平和を祈る純粋な南無妙法蓮華経です。ですから、大きな大きな功徳を受けることができます。功徳を確信しさらに精進をしようではありませんか。

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