日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成18年9月 御報恩御講

開目抄

開目抄 (御書五七四頁)
文応九年二月 五一歳

開目抄 (御書五七四頁)

我並びに我が弟子、諸難ありとも疑ふ心なくば、自然に仏界にいたるべし。天の加護なき事を疑はざれ。現世の安穏ならざる事をなげかざれ。我が弟子に朝夕教へしかども、疑ひををこして皆すてけん。つたなき者のならひは、約束せし事を、まことの時はわするゝなるべし。妻子を不便とをもうゆへ、現身にわかれん事をなげくらん。多生曠劫にしたしみし妻子には、心とはなれしか。仏道のためにはなれしか、いつも同じわかれなるべし。我法華経の信心をやぶらずして、霊山にまいりて返ってみちびけかし。


【意訳】

我を含め我が弟子たちよ、多くの難に遭遇することがあっても、仏の教えを無疑曰信の心で実践するならば、自ら望むことなく仏界の境界に到達することが出来る。諸天善神の加護がすぐに顕われないことをもって仏の教えを疑ってはならない。現世における日々が平穏でないことを嘆いてはならない。このことを我が弟子たちには常に教えてきたが、疑いをおこして退転してしまった。愚かな者たちの常として、仏との約束を大事なときに忘れるのである。(このように退転するのは、我が身に何事かが起こったならば)妻や子供が不憫だと思い、現世での別れが辛いと思う心からであろう。過去世からの深い因縁によって結ばれている妻や子とは、(現世での)不憫だという心から退転するのであろう。仏道修行のゆえに別れることもある。(我らはやがては死を迎えるのであるから)別れは必ずある。だから、どのようなことがあろうとも法華経の信心から退転をしてはならない。そして強い信仰により、妻や子を導きなさい。


 今月の十二日は竜の口法難である。竜の口においては不思議な現象が起こり大聖人の首を切ることの出来なかった幕府は、罪もない大聖人を佐渡流罪という処置にした。

 大聖人の御身に起こった不思議な現象とは、『種々御振舞御書』(一〇六〇頁)で、
「江のしまのかたより月のごとくひかりたる物、まりのやうにて辰巳のかたより戌亥のかたへひかりわたる。十二日の夜のあけぐれ、人の面もみへざりしが、物のひかり月よのやうにて人々の面もみなみゆ。太刀取目くらみたふれ臥し、兵共おぢ怖れ、けうさめて一町計りはせのき、或は馬よりをりてかしこまり、或は馬の上にてうずくまれるもあり」
と記されているごとくである。

 この御文は、大聖人を幕府が江ノ島海岸にあった処刑場に引き立ててゆき、その場で首を切ってしまおうとした時の状況を述べられたもので、兵士たちの驚いた様子が克明に記されている。現代語に訳すと、江ノ島の方角より現れた月のような大きさで、丸くひかる物体が出現し、南東(辰巳)から北西(戌亥)に通過した。十二日の真夜中のことで、本来ならば人の顔も見えない闇夜であるが、このときは月夜のように人の顔も見え、その光のために首を切るための刀をもった兵士は目が眩み地に倒れてしまった。突然おこった不思議な現象に怖じ恐れ、首を切ることができないと知った兵士たちは、あるものは一町ほど走って逃げ、あるものは馬から下りてかしこまって坐り、あるものは身動きができずに馬の上でうずくまってしまった、というのものである。

 このことを、大聖人は、『四条金吾殿御消息』(四七九頁)で、
「三光天子の中に月天子は光物とあらはれ竜口の頚をたすけ」
と御指南である。日天(大陽)、月天(月)、明星天(星の代表としての金星)を三光天子の一つである月天子が、今まさに首を切らんとするその時に出現し日蓮大聖人の命を守護したのである。

 この現実の姿を目の当たりにし、日蓮大聖人は普通の御方ではない、と知ることが出来た一人が四条金吾である。四条金吾はその御姿に接し、大聖人が佐渡に流罪となった後も、信心を退転することなく大聖人の御指南のままに信心に励んだのである。同じように富木常忍や曽谷教信などもその夜の不思議な出来事を聞き及んで、益々日蓮大聖人への信心を深めたのである。

 四条金吾は後年、主君である江間光時を折伏したことから、所領を没収されたり出仕停止の処置を受けるようになるが、大聖人を疑うことなく大聖人の御指南通りの信仰に励むことにより、以前よりも広く、またよい所領を賜ることができた。四条金吾の強い信仰の土台となったのは、竜の口の法難のおりに現れた、「月天子」が大聖人をお守りしたことを体験したことも大きな要因であろうと思う。

 『開目抄』はその四条金吾に対して与えられた御書ある。したがって、
「我並びに我が弟子、諸難ありとも疑ふ心なくば、自然に仏界にいたるべし。天の加護なき事を疑はざれ。現世の安穏ならざる事をなげかざれ」
と仰せになるのは、四条金吾が竜の口の不思議な現証を目の当たりにしている当人だからである。その四条金吾の体験を通して、平成の生きる私たちに、どのような難に遭遇することがあっても、御本尊のお力を疑うことがあってはならない。疑うことがなければ成仏の功徳を受けることができる。諸天の加護は必ずある。だから、安穏ではない、結果が出ないではないか、と嘆き御本尊を疑ってはならない、と御指南を下さるのである。

 『御義口伝』(一七六二)には、
「末法に於て今日蓮等の類の修行は、妙法蓮華経を修行するに難来たるを以て安楽と意得べきなり」
と説かれている。この御文こそ、御本仏の御確信のお言葉である。末法の今日に、日蓮大聖人の教えのままに修行をするならば、大きな難がおこってくるが、その難は、修行が深まった証拠である。だから、難が起ることを反対に過去世の罪障消滅の功徳と心得てゆくべきである、と我らの心構えを御指南されるものである。まことに厳しい御指南であるが、「難即功徳」の信心に立つとき、成仏の境界を確立した時ともいえよう。

 次に、 
「妻子を不便とをもうゆへ(乃至)霊山にまいりて返ってみちびけかし」
とは、私たちが信仰を持続するには種々の困難が伴う。三障四魔の一つ業障は、謗法や殺人などの過去世の業によって起る障礙であるが、妻や子、さらに親や兄弟などの縁者から起るものも、この業障に含まれる。我が身以上に大切に思うものが妻や子であり親兄弟であることは当たり前のことである。だから、魔はそこに付け入るのである。

 御本尊を信じて大聖人の仰せのままに励むことにより、我が身に批難中傷を受けるのはもとより覚悟の上である。ところが、難が妻や子、さらには親兄弟にまでおよぶようになると、決意がぐらつくのが凡夫である。そして、御本尊を疑い、法華講の同志を疑い、やがて退転にいたる。

『弟子檀那中書』三八〇頁では、
「各々用心有るべし。少しも妻子眷属を憶ふこと莫れ、権威を恐るゝこと莫れ。今度生死の縛を切りて仏果を遂げしめ給へ」
と述べられる。意は、我が弟子たちは心しなければならない。少しでも妻や子供や親兄弟たちに累の及ぶことを心配してはならない。に権威権力からの不当な圧力等を恐れてはならない。今生において(御本尊に縁する深い因縁を)生死生死の六道輪廻の苦しみの縛(つな)を断ち切って成仏をしようではないか、と励ましてくださるものである。

 この御指南のごとく、辛い思いをしながらも大聖人を疑うことなくより強盛に折伏を行じ、それを乗り越えることによってのみ妻子や親兄弟を幸福な境界に導いてゆく決意が大切である。

 南条時光や四条金吾たちはこの御指南を疑うことなく信仰を貫いた。ことに、南条時光の信仰は『上野殿御返事』(一五二九頁)で、
「あつはらのものどものかくをしませ給へる事は(乃至)これひとへに法華経に命をすつるゆへなり。またく主君にそむく人とは天御覧あらじ。其の上わづかの小郷にをほくの公事せめにあてられて、わが身はのるべき馬なし、妻子はひきかゝるべき衣なし」
とのお言葉で証明される。この御文の意は、熱原の法難のおりに、弥四郎等の農民信者が難を受け法華経の信仰に命を捧げたときに、幕府の地頭職をつとめる南条時光にも、直接的間接的な難が襲ってきた。しかし、熱原の法華講衆と心を一つにして謗法の者たちと闘った。このことで、幕府より陰湿な仕打ちを受けることとなった。その一つが、南条家の経済力以上の公共事業をすることを命じられたことである。南条時光はそのような陰湿な幕府の命に一歩も引くことなく、「多くの公事」をつとめたのであるが、その結果として、自身が乗る馬もなくなり、さらには妻や子供の着物さえなくなったのである。南条時光にとって、自身のことはともかくとして、妻子が着る着物がない状況は辛かったに違いない。だが時光は、そのような幕府権力からの難に怯むことなく信仰を貫き通したのである。その功徳を、『莚三枚御書』(一五九二頁)では、
「法華経の御ゆへに名をたたせ給ふ」
と述べられている。

 鎌倉武士にとって、「名をたたせる」こと、つまり、名をあげることが第一の誉れであり、日々の行動はその一点に集約されていたといえる。南条時光も武士であり地頭職をつとめているのであるから例外ではない。この御文から、時光がどのような名をあげたのかは明らかでないが、「法華経の御ゆへ」とあることから、御本尊の功徳で、「名をたたせ」たことは間違いがない。夫の時光が、父親の時光が、「名をたたせ」たことを妻や子として誇らしくまた頼もしく思ったことであろう。どうして着物がないのであろうかと、不思議に思った子供たちも、このときにその意味を感じ、反対に父時光に感謝をし、尊敬の念を深めたことであろう。このことが、「霊山にまいりて返ってみちびけかし」との意味であると拝する。

 大聖人は、私たち一人ひとりが御本尊の使として、大聖人の弟子であるとの自覚をもち、どのような難に遭おうとも、退転なく勤行唱題を重ね、折伏の修行に励むことにより大きな功徳を受けることができるのである。そして、その功徳を妻子や親兄弟に贈ることになるのである、と御指南される。

 私たちに強い祈りと行動によって、大きな功徳を受け、その功徳によって妻や子、また縁ある人々を導き救うことができる、という御本仏の力強い励ましのお言葉を深く心に刻み、十一月二十三日に向かった力強い行動を起こすときである。

 佛乗寺法華講衆のさらなる精進と折伏の成就を祈ります。

文責編集部 転載複写等禁止



日蓮正宗向陽山佛乗寺