日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成19年2月 御報恩御講

太田入道殿御返事

太田入道殿御返事 (御書九一三頁)
建治元年十一月三日 五四歳

太田入道殿御返事 (御書九一三頁)

身は邪家に処して年久しく、心は邪師に染みて月重なる。設ひ大山は頽るヽとも、設ひ大海は乾くとも此の罪消え難きか。然りと雖も宿縁の催す所、(又今生に慈悲の薫ずる所、存の外に貧道に値遇して)改悔を発起する故に、未来の苦を償ひ現在に軽瘡出現せるか。(彼の闍王の身瘡は五逆謗法の二罪の招く所なり。仏月愛三昧に入って其の身を照らしたまへば悪瘡忽ちに消え、三七日の短寿を延べて四十年の宝算を保ち、兼ねては又千人の羅漢を屈請して一代の金言を書き顕はし、正・像・末に流布せり。此の禅門の悪瘡は但謗法の一科なり。)所持の妙法は月愛に超過す、豈軽瘡を愈やして長寿を招かざらんや。


【通解】

 誤った教えを信ずる家に生まれて長い間過ごしてきた結果、心は知らず知らずの間に、誤った教えに染まり、謗法の罪を重ねている。その罪の深さは、大きな山が崩れるようなことがあったとしても、また、大きな海が干上がるようなことがあったとしても、謗法の罪は消えがたいものなのである。

 しかしながら、前世の縁によって法華経を信ずる心が誘い出されたものか、また今生において仏の慈悲によって教化されたものか、思いの外この度日蓮とめぐりあうことにより、過去の誤った信仰を悔い改め、法華経の信仰に励むようになった。本来ならば、過去の罪により未来には大きい苦しみを受けるべきところを、軽い腫れものとして現れているのである。未来の大きな苦しみを現世に軽く受けることができているのである。

 阿闍世王の身に悪い腫れものができたのは、五逆罪と謗法の二つの罪を犯したからである。しかし、釈尊が「月愛三昧」に入られ、阿闍世王の身を光で照し、悪瘡を癒された。阿闍世王は残りわずか二十一日間の寿命であったものが、その後四十年の寿命を得ることができた。この仏の慈悲に感謝した阿闍世王は、その間、多くの仏弟子に膝を屈して願い出て、仏の貴いお説法をとりまとめ、経文として後生のために残すという大事業を完成した。

 今のあなたの身の上におこっている悪瘡の原因は、過去における謗法のみである。また所持する妙法の教えは釈尊の月愛三昧よりもはるかに勝れたものである。軽い腫れものを癒して長寿を受けることは間違いがない。


 本抄は、建治元年(一二七五)十一月三日、身延においてしお認めにならられたものです。大聖人様は五十四歳でした。別名を『転重軽受事(てんじゅうきょうじゅのこと)』ともいい、御真蹟の断片六紙が現在まで伝えられています。

 御書を与えられた人のことを、「対告衆(たいごうしゅう)」といいますが、当抄の対告衆は太田乗明です。

 大田乗明が身に「悪瘡」ができ悩んでいることを日蓮大聖人様にご報告申し上げたところ、病を克服するための信心の姿勢を御指南下さる重要な御返事です。

 太田乘明は、またの名を、太田金吾・太田左衛門尉ともいい、正式には、太田五郎左衛門尉乗明といいます。下総国葛飾郡八幡荘中山(現在の千葉県市川市)の住んでいました。鎌倉幕府の問注所の役人であったといわれております。富木常忍や曾谷教信らと共に古くからの信徒であり、千葉方面の広布の中心的な役割を担っていた方です。夫婦揃って大聖人様の信仰を強盛にされておりました。なお、後年の弘安元年四月二十三日の御書である「『太田左衛門尉御返事』(一二二一頁)には、「五十七歳の厄」とあり、弘安元年が五十七歳であったことが知れます。このことから、大聖人様と大田乗明は同い年であったことがわかります。したがってこの御書を頂いたとき、乘明は五十四歳でした。

 当抄の他にも、『大田殿許御書』をはじめ多数の御書を賜っていますが、弘安五年に大聖人様御一期の中でもことに大切な御文である『三大秘法抄』の対告衆となっていることは、大聖人様の仰せを信じ、当抄での「悪瘡」を克服した「信心の実証」であるといえます。

当抄の冒頭で、
「貴札之を開きて拝見す。御痛みの事一には歎き二には悦びぬ」(痛みで苦しんでいる旨の知らせを受け一度は嘆いたが、よく考えれば、この痛みは悦びである)と仰せになります。そして順次、その理由を、釈尊在世の時の維摩詰や阿闍世王の例を挙げて御指南下さっております。

 その中で、病の起こる理由を『維摩経』や『涅槃経』、また『大智度論』や『摩訶止観』をを引かれてご教示下さいます。

 『摩訶止観』では、病気になる原因として、@四大不順の故、A飲食(おんじき)不摂生の故、B坐禅の不定の故、C鬼が便りを得る故、D魔の所為の故、E業の起こる故、を引かれ、第六番目の「業病」が最も治し難く、法華誹謗の業病がもっとも甚だしいものであると示されております。

 そして、この法華誹謗により起こる業病を治す唯一の方法は、謗法の罪を心から悔い改める以外にない、とご教示です。

 続いて、太田乘明の以前の信仰である真言宗を破折され、本日拝読の箇所で、痛みを一度は嘆かれたが実は悦びなのである、と仰せになられた理由が示されております。ですから今日のところは当抄の中心部分であり、また現在、日蓮正宗のご信心をしているにもかかわらず、病を得て苦しまれている方への、「励ましのお便り」であるといえます。

 最後に、手紙では意を尽くすことが叶わないゆえに面会の時に詳しく話をしましょうと述べられて当抄を終えられています。

 人間ですから、生きている限り病とは無縁ではありません。必ず「病魔」に遭遇いたします。そのときの心構えを説き示された御書でありますから、日頃から拝読をして、いざというときに忘れることのないようにしようではありませんか。また、まわりの方で病気に苦しんでいる方がいらっしゃれば、この御書を一緒に拝読して大聖人様からの励ましを伝える役目を担ってまいりましょう。

 この御文を拝読して、「一病息災」という言葉を連想した方も多いのではないかと思います。一度も医者にかっかたことのない方が、ある日突然亡くなったかと思うと、若い頃から医者通いで薬を手放すことのなかった方が長寿であったりします。しかし、この「一病息災」という言葉は、日頃から体のことを気遣っていれば長生きができる、というような、あくまでも現世的なものの考え方を言い表したものですから、大聖人様が大田乗明に対して示されたものとは少し違います。当抄での大聖人様のお言葉は、過去世・当世・来世の三世を見通された上からの御指南です。ですから、この仰せを素直に拝して、この病は罪障消滅のための病なのだ、と捉えるならば、未来成仏が確定するのであります。反対に、お題目を唱えても病気ばかり、と愚痴を言う心になるのは、現世のことしか考えない生き方であるといえますから、成仏はおぼつかないものになります。

 正しい仏法には大きな功徳があることも教えてくださいます。ここでは大田乗明の身におこった腫れものを通して、過去の重い罪を軽く受け、寿命を延ばすことができる大きな功徳かあることを、「転重軽受・てんじゅうきょうじゅ」の法門として御指南下さいます。転重軽受は、「重きを転じて軽く受く」と読み、「軽報(きょうほう)」ともいう。涅槃経には、「有智の人は、智慧の力を以って能く地獄極重の業をして現世に軽く受けしめ、愚癡の人は、現世の軽業を地獄に重く受く」とあるように、有智、つまり智慧のある人は智慧の力により過去世の悪業により重い報いを受けなければならないところを転じてかるくうけることができ、愚かな人は、現世での軽い業であっても来世には重い報いとして受けなければならない、とされています。

 大聖人様は、「以信代慧」あるいは「以信得入」と仰せになりますが、これは、「信を以て慧に代う」ということであり、「信を以て入ることを得」ことです。仏法では、一往、智慧により成仏が叶うと説きますが、再往は、「信」こそが成仏の根本である、という意味です。大聖人様は四信五品抄の中で、「慧又堪ざれば信を以て慧に代え、信の一字を詮と為す」と仰せです。また、「智慧は信より起こる」とは御義口伝の御指南ですから、信があって初めて智慧を働かせることができるのです。いくら勉強をしても、知識があっても、その使い方を知らないのは「知恵のないもの」と同じです。私たちには「信」が大切であることを教えてくださるお経文であり、大聖人様のお言葉です。

 末法の凡夫である私たちの、煩悩や業や苦に支配されている心であっても、ひたすら、大御本尊様を信じ、御法主上人の御指南を堅く守り日蓮正宗のことを語る修行が今日の智慧でありますから、私たちの一生成仏は間違いありません。

 大聖人様は『妙心尼御前御返事』でも、
「又このやまひは仏の御はからひか。そのゆへは浄名経・涅槃経には病ある人、仏になるべきよしとかれて候。病によりて道心はおこり候か」(御書九〇〇n)
と仰せになります。この御指南の意味も当抄の御指南と同じです。つまり、病気の身を嘆くのではなく、この病は過去世からの因縁によって起こったものであるから、逃げることなく「病魔」に対し、積極的に立ち向かっていこう、との法華講員としての心構えがここでも示されております。

 しかし、実際に病気になりますと心細いものです。そこで、日頃から善知識に触れ、いざとなったときには互いにお題目の激励ができるような関係を築いておくことが大切です。互いに助け合う心は、
『立正安国論』で示される
「悦ばしいかな、汝欄室の友に交はりて麻畝の性と成る」(二四八頁)
の意味の一端であるといえます。良い香りがする部屋に入れば自らも良い香りに包まれる、麻畑に植えられたヨモギは麻と同じようにまっすぐに伸びるようになる、つまり、煩悩でけがれた凡夫の心も、正しい御本尊様に縁をすれば清浄な心に変わることを比喩的に仰せです。ですから、御講などの法会に参詣し、御本尊様の縁に触れると共に、互いが善知識という精神を育んでおくことが大事なのです。

 また、業ということから考えてみますと、当抄では軽瘡という形で業が現れていると仰せですが、業は病気という形だけに表れるものではありません。対人関係での苦や、経済的な苦も業の現れですから、それらも全て意味のあるものと捉えて、御本尊様に唱題を重ね、御本尊様のことを周囲に伝える大聖人様のお使いをして行くときに、妨げと思えた業が反対に自らの道を切り開いて行くことのできる大きな力になることを「変毒為薬」というお経文で示されています。

『聖愚問答抄』の、
「只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪や有るべき、来たらぬ福や有るべき。真実なり甚深なり、是を信受すべし。」(御書四〇六頁)
の御指南を心に留めましょう。

いうまでもなく、今生人界において罪障を消滅し、来世の安穏を受けるには、自行化他の信仰に励むことです。日も長くなり、春はまもなくです。自行化他の唱題を重ね自他の幸福を実現してまいりましょう。ますますのご精進をお祈りいたします。


【語句の意味】

○邪家─謗法の家。大田乗明の生家が真言宗であったことからこのようにいわれる。
○貧道─仏道修行の未熟な境涯。また、その人。僧が自分をへりくだっていう語。ここでは日蓮大聖人様のこと。
○軽瘡─瘡は、でき物、腫れもの、吹き出物、傷とうの意。ここでは、痛みをともなう腫れもののことと思われる。大聖人様は軽いでき物、と仰せであるが、死後に受ける無間地獄の苦しみに比較して「軽い」と仰せになっていることに留意。
○月愛三昧─悪瘡の出た阿闍世王を救うために釈迦が入った三昧のこと。三昧とは、心が集中して動かない境地をいう。また、仏の慈悲を月の光にたとえて月愛という。
○五逆謗法─ @殺父・A殺母・B殺阿羅漢・C出仏身血・D破和合僧の五逆罪と正法を誹謗する謗法の二つの罪。
○宝算(ほうさん)─天皇や国王の年齢のこと。
○禅門─在家の者が剃髪をして僧侶の姿をしていることをさしていう言葉。

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