日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成19年10月7日 広布唱題会

如来滅後五五百歳始観心本尊抄

〜 信心の功徳 〜

如来滅後五五百歳始観心本尊抄(御書六六二)
文永一〇年四月二五日 五二歳

如来滅後五五百歳始観心本尊抄 (新編御書六六二頁)

天晴れぬれば地明らかなり、法華を識る者は世法を得べきか


《信心の功徳》

 拝読の御文で、日が昇ることにより大地の隅々まで明るくなるように、仏様の随自意の教えである法華経を信ずる者は、世間法をも理解することができる、とおおせです。法華経を太陽に、私たちの心の闇を夜明け前の大地に譬え、信心の功徳を教えて下さる大切な御書です。

 過去世からの悪業によって閉ざされた凡夫の心の深い闇を無明(むみょう)といいます。私たちの苦しみや悩みはこの無明から起こるものであり、一切の煩悩のことです。この無明を照らし、心の闇を悟りに転換する教えが法華経である、ということです。

 ここで、「法華を識る者」と仰せです。識るとは、物事の是非や善悪を見分けることであり、その能力のことをいいます。ですから、法華経を識る、とは、仏様の御本懷を説き顕された法華経の教えを理解することです。そしてそのことによって世間で起こる様々な出来の根本を知り、道理を知ることができるようになる、と示されるのです。出来事の根本や道理を知れば、それに対処する方法も自ずから明らかになり、直面する問題を解決することにも通じます。

 私たち人界の衆生は、人界の衆生自身で定めた世間法の中で日々の生活を営んでおります。当然そこには多くの悩みや苦しみがあります。家庭内での親子や兄弟間の悩み、また職場での仕事上の悩みや人間関係の苦しみ、さらには自らの病から起こる苦しみや悩み等々。実に多くの苦しみや悩みの中にあって、いかにすればそれらを解決することができるか、そのこともまた悩みにつながる、という悪循環の中にいるのが六道輪廻の姿です。日蓮大聖人様は、そのような人間界の六道輪廻の苦しみの中であっても、仏法を知ることが世間法を知ることなのであるから、信心修行に励むことにより世間法の中で起る、様々な悩みや苦しみの根本原因を知ることができ、そのことによって解決の道が開けることを教えて下さるのです。

 この、仏法と世間法は別々のものではい、という教えを深く心に留めなくてはなりません。浄土も穢土も私たち凡夫の心の中にあり、苦も楽も一つであると教えられるのです。

 しかし、過去において勝れた能力を持つ菩薩方が、生死を繰り返しながら修行を積んでも、なお理解することのできなかった仏の教えです。まして、難信難解といわれる法華経ですから、末法の凡夫の能力で、仏の真実の教えを理解することは到底かないません。ゆえに、大聖人様は「受持即観心」の御本尊様を私たちのためにご建立下さり、御本尊様を受持するただ一つの修行により、仏法の真髄を悟ることができるように取り計らって下さったのです。

 したがって、この御文で、「法華経を識る」ということは、日蓮大聖人様がご建立下さった三大秘法総在の本門戒壇の大御本尊様を信じ持つことです。大聖人様の仰せのままに自行化他の信心に励むことが、世間法を識ることになります。

 日蓮大聖人様の教えを素直に信じ、大聖人様より唯授一人の血脈を御所持遊ばされる御法主上人のもとで、唱題を重ね、折伏を行じることで現世での苦しみや悩みを解決することができます。この信心の功徳を固く信じ精進を重ねてまいりましょう。

 暑かった夏も去り、秋の深まりを感じる季節となりました。大聖人様が御入滅をされた月です。心を静め、正直で素直な信心に励みましょう。そして「信心の功徳」を受けてまいりましょう。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺