日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成19年12月9日 御報恩御講拝読御書

千日尼御前御返事

千日尼御前御返事 (新編御書一二九〇頁)
弘安元年閏一〇月一九日 五七歳

千日尼御前御返事 (御書一二九〇頁)

法華経を供養する人は十方の仏菩薩を供養する功徳と同じきなり 十方の諸仏は妙の一字より生じ給へる故なり


■意訳

 御本尊様を供養する人の受けることのできる功徳は、一切の仏様を供養する人が受ける功徳と同じです。何故ならば、すべての仏様は、妙の一字を修行して仏に成られているからです。


■御本尊様への御供養の功徳の有り難さ

 当抄は、佐渡の国から千日尼がお金を一貫文、干したお米を一斗、その他種々の品物を御供養されたことに対する御返事の御書です。

 ここでの、「妙の一字より生じ給へる」との御指南を私たちは肝に銘じておかなくてはなりません。つまり、南無妙法蓮華経のお題目から一切の仏は生まれているのであり、根本の法が南無妙法蓮華経である、との御指南だからです。

 御文に、「十方の諸仏」とあります。このようにありますと、皆さまは日蓮大聖人様より他に仏様がいらっしゃるのか、と疑問に思うかもしれません。勿論、真実の仏様はだだお一人です。久遠元初の自受用報身如来様が根本の仏様であられ、御本仏はただ御一人です。その仏様が、末法の鎌倉に、人格をもたれた日蓮大聖人様として御出現になられたのです。そのことを表しているのが、勤行の三座の御観念文にある、「南無本因妙の教主・一身即三身・三身即一身・三世常恒の御利益・主師親三徳大慈大悲宗祖日蓮大聖人、御威光倍増御利益広大御報恩謝徳の御為に」との文です。本因妙の教主とは、法華経の本門寿量品の文の底に秘し沈められた南無妙法蓮華経を説き顕される仏様のことで、日蓮大聖人様のことです。この文底秘沈の大法である南無妙法蓮華経の教えをもととして修行をして仏に成ることができたのが十方の仏です。ですから、どの仏様も南無妙法蓮華経を離れてはあり得ないのです。そのことを、「十方の諸仏は妙の一字より生じ給へる」と御指南下さるのです。拝読の前のところには、
「法華経は十方三世の諸仏の恩師なり。十方の仏と申すは東方善徳仏云々」(一二八九頁)
とありますように、東西南北の四方、東南・西南・西北・東北の四囲、上下の十方の仏様。また三世は、過去・現在・未来の仏様、さらに、華厳経や法華経などで説かれる仏や菩薩も全てが妙の一字から出生されている、と御指南です。

このことは、御本尊様のお姿を拝しますとさらにハッキリと分かります。
『日女御前御返事』で、
「釈迦・多宝(乃至)一人ももれず此の御本尊の中に住し給ひ、妙法五字の光明にてらされて本有の尊形となる。是を本尊とは申すなり」(一三八八頁)
とあります。本有の尊形とは本来有していた尊い姿、ということです。つまり、中央に南無妙法蓮華経とお題目がお認めになられ、そのお題目に向かって左脇の上には、南無釈迦牟尼仏と示され、右脇には南無多宝如来と示されているのは、南無妙法蓮華経のお題目の力によってそれらの仏様も本来の尊い姿を顕すことが出来る、とのお言葉です。ですから、千日尼に与えられた御文で、「妙の一字より生じ給へる」と仰せになるのです。

 この世の中にはそれこそ数え切れないほどの仏様がいらっしゃいます。阿弥陀仏も大日如来も皆仏様には違いがありません。ただし、それらの仏様も南無妙法蓮華経の教えを修行して仏に成られたのであり、南無妙法蓮華経を離れての仏様ではありません。また、末法においてはまったく力のない仏様です。ですから、私たちは末法の仏様であられる日蓮大聖人様一筋の信心をするのです。その根本のところを間違えてしまっては功徳は受けられません。功徳を受けるどころか、効能の違う薬を服用すれば「副作用」に苦しまなければならないのと同じように、力のない仏様ではかえって迷いを生ずることになります。ですから、末法の大良薬である南無妙法蓮華経の薬を服用することによってのみ、一生成仏の大きな功徳を受けられることをここで教えて下さっているのです。


■修行の功徳

『法華経随喜功徳品第十八』
若し故(ことさら)に僧坊に詣いて 法華経を聴かんと欲して 須臾(しゅゆ)も聞いて歓喜せん 今当に其の福を説くべし 後に天人の中に生れて 妙なる象馬車(ぞうめしゃ) 珍宝の輦輿(れんよ)を得 及び天の宮殿(くうでん)に乗ぜん 若し講法の処に於て 人を勧めて坐して経を聴かしめん 是の福の因縁をもって 釈梵転輪(しゃくぼんてんりん)の座を得ん 何に況んや一心に聴き 其の義趣を解説し 説の如く修行せんをや 其の福限るべからず

<意味>
 もし、わざわざ僧侶の住している所を訪ねて法華経を聞こうと願い、ほんの少しの間でも法華経を聞いて有り難いと思うような心になった人には、次のような福があります。
 それはその人が、後の世に天界や人界に生を受けて、立派で美しい象や馬の車、また珍しい宝で飾られた車に乗ることができるようになったり、さらに、天人のすむ御殿に生まれることができる福です。
 また、もしも法華経を教え説き聞かせている場所において、他の人のために座る場所を勧め、共に教えを聞くようなことがあったならば、それは真実の素晴らしい福を積むことになります。その因縁により、仏法を守護する諸天善神の第一である大梵天王や同じく帝釈天、あるいは輪宝をもって全世界を治める転輪聖王として生まれます。
 まして、真剣に法を聴聞し、その教えを理解し、その教えを人に説き、自らも教えのままに修行に励むその功徳は限りのないものです。


■阿仏房と千日尼

 千日尼は佐渡島の女性です。ご主人を阿仏房といいます。長男が藤九郎守綱です。ひ孫に如寂房日満師がおります。日満師は、日興上人のお弟子で、後に北陸七カ国の別当に任ぜられております。

 大聖人様が佐渡におられたのは、文永八年十月二十八日から文永十一年三月十四日までの足掛け四年、日数にすると九百日、約千日ともいえると思います。そこから、毎日大聖人様の所にお参りをして大聖人様をお守りした女性という意味で、千日尼というお名前を頂いた、との言い伝えもあります。ですから、千日尼というお名前は、夫妻が命懸けで信心を求め、また日蓮大聖人様をお守りした証しであるともいえます。

 大聖人様は、『千日尼御前御返事』に、
「地頭・地頭等、念仏者・念仏者等、日蓮が庵室に昼夜に立ちそいて、かよう人をあるをまどわさんとせめしに、阿仏房にひつをしをわせ、夜中に度々御わたりありし事、いつの世にかわすらむ。只悲母の佐渡国に生まれかわりて有るか」(一二五三頁)
と仰せです。意味は、「多くの地頭たちや多くの念仏者たちが、日蓮の庵室のまわりに一日中立って、日蓮のもとに通ってくる人を惑わして追い返そうとしている中で、夫の阿仏房に櫃を背負わせて、夜中にたびたび訪ねて下さったことを、生まれ変わった来世にあっても決して忘れることはありません。私の母親が佐渡の国に生まれ変わって日蓮を守って下さっているのかと思うほどです」というものです。幕府の罪人であり、流人の身である日蓮大聖人様ですから、そこに通っていることが見つかったら村八分どころか打ち首ものです。しかし、夜暗くなってから、こっそりと大聖人様の配所に、櫃を背負ってお訪ねする姿を思い浮かべると、「一心欲見仏・不自惜身命(ひたすら仏様にお会いすることを願い、自らの命は惜しまない)」という法華経の実践以外の何ものでもありません。

また、『千日尼御返事』には
「阿仏上人は濁世の身を厭ひて仏になり給ひぬ。其の子藤九郎守綱は此の跡をつぎて一向法華経の行者となりて、去年は七月二日、父の舎利を頚に懸け、一千里の山海を経て甲州波木井身延山に登りて法華経の道場に此をおさめ、今年は又七月一日身延山に登りて慈父のはかを拝見す。子にすぎたる財なし、子にすぎたる財なし。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
とあります。この御文は、弘安二年三月二十一日に阿仏房が亡くなった後の信心を教えて下さっております。すなわち、その年の七月二日に、子供の藤九郎守綱が、阿仏房の遺骨を首にかけはるばると大聖人様のもとを訪れて追善供養を願い出ました。そして、翌年の七月一日にもまた大聖人様の元を訪れて追善供養を願い出られたことを、「子にすぎたる財なし、子にすぎたる財なし」とお誉め下さっております。阿仏房夫妻の信仰が尊いのは、自らが熱心に励んだことだけではなく、子供や孫、さらにひ孫いたるまで法統相続ができていたことにもあります。法統相続は難しいといわれますが、私たちも阿仏房夫妻を手本として法統相続に励むならば、必ず叶えられます。諦めないで励みましょう。

 年末を迎え何かと慌ただしいことと思います。世間の風潮に染まらずに、御本尊様一筋の信仰を貫き、「躍進の年」である平成二十年を明るく迎えることができますように互いに励みましょう。

 尚、新年勤行会は 元旦は午前零時・十一時、午後二時・五時半の三回。二日と三日は、午前十一時、午後二時・五時半です。永代経は元旦の午後二時より奉修いたします。

 ご参詣のご一同がよき年を迎えられますように御祈念申し上げます。


以 上

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日蓮正宗向陽山佛乗寺