日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成20年2月7日 興師会

白米一斗御返事

〜 日興上人が拝した日蓮大聖人様 〜

白米一斗御返事 (歴代法主上人全集 一巻一八七頁)

白米一斗御返事 (歴代法主上人全集 一巻一八七頁)

故尼上野の御ために、白米一斗・たいへい一つ・ようとう一すじ給び候て、法華聖人の御宝前に申し上げま いらせ候て、大衆等御経読み進らせ候べく候。恐々謹言。

  正月七日

 御返事               日興 花押
  (拝読の便宜上漢字を補った)


 当抄は、日興上人が南条時光に与えたれたものです。したがって、「故尼上野」とは南条時光のお母さんのことです。南条時光が亡くなられたお母さんの追善供養のために、白米を一斗、たいへいを一つ、ようとうをひとすじ御供養されたことが記されております。

 御供養の最初に、「白米一斗」とあります。一斗とは現在の数え方では十八キログラムに相当します。鎌倉時代の白米は貴重なものでした。大聖人様は『白米一俵御書』で
「白米は白米にはあらず。すなわち命なり」(御書・一五四五頁)
と仰せになられておりますことからもお分かりでしょう。

 次の「たいへい一」ですが、へい(瓶)とは胴が長く徳利形をした壺のことです。その上にたい(大)の字がありますから漢字を当てますと「大瓶」となります。お酒をなどを入れるために用いられていた大きな瓶や壺のことです。瓶子(へいじ)という入れ物もありますが、こちらは小振りのもので、お酒を注ぐときなどに用いられたようです。「ようとう」は用度・用途のことで、お金を意味します。真ん中に穴の開いた貨幣に紐を通しておりましたから「一すじ」といわれます。

 これら御供養の品々を日興上人はお受けになった後、すぐさま「法華聖人の御宝前に申し上げ進らせ候」とあります。法華聖人とは日蓮大聖人様のことです。ですから、御本尊様の事です。御本尊様を拝しますと、南無妙法蓮華経のお題目の真下に、日蓮と御認めになられておりますように、人の仏様であられる日蓮大聖人様と、法の仏様であられる南無妙法蓮華経とまったく別のものではない、という人法一箇の意義が込められております。この御本尊様を御安置のところを日興上人は「法華聖人の御宝前」と仰せになられているのです。つまり、日興上人は日蓮大聖人様を仏様であられる、と常に拝しておられたことがこの御文から明らかになるのです。

 これらの御供養をお供えして、「大衆等御経読み進らせ」とありますように、総本山中の僧侶が一同に集まって南条時光のお母さんのために読経唱題をされたのです。現在でも総本山では、「満山供養(まんざんくよう)」といって、御法主上人の大導師のもと、総本山に住している全ての僧侶が出仕する追善供養のための法要が執り行われております。満山供養は大聖人様の時から行われておりましたが、日興上人も受け継がれ、さらに今日まで七五〇年の間少しも変わらずに奉修されているものです。

 さて、本日拝読の御文は、日興上人が日蓮大聖人様をどの様なお立場にあられるお方かを明らかにされて、私たち末代の弟子檀那に教えて下さるものです。このお手紙ばかりでなく、日興上人が大聖人様のことについて記されたお手紙には、「仏聖人の御見参」(南条殿御返事・歴代法主上人全書一巻一七六頁)、「法主聖人」(弁阿闍梨御房御返事・歴代法主聖人全書一巻一三三頁)等と書かれたものも数多く残されております。御仏聖人も法主聖人も、何れも日蓮大聖人様の御事でありそれは末法の御本仏の尊称です。日興上人が日蓮大聖人様を末法の御本仏と拝していたなによりの証拠となる尊称です。この一点が私たち富士大石寺の信仰の根本なのです。鎌倉に御出現された日蓮大聖人様を、末法の御本仏と拝して南無妙法蓮華経と唱えることが、成仏のためには欠かすことの出来ない心構えであることを日興上人が身をもって示されたものなのです。

 一方、身延や池上などの日蓮宗では日蓮大聖人様を御本仏とは拝することは出来ません。何故ならば、彼らの開祖である者たちが日蓮大聖人様を御本仏とは拝せなかったからです。『五人所破抄』には
 「五人一同に云はく、日蓮聖人の法門は天台宗なり(乃至)先師日蓮聖人天台の余流を汲む云云」とあり、
 それを日興上人は破折して
「日興が云はく、彼の天台・伝教所弘の法華は迹門なり、今日蓮聖人の弘宣し給ふ法華は本門なり、此の旨具に 状に載せ畢んぬ。此の相違に依って、五人と日興と堅く以て義絶し畢んぬ」(御書・一八六七頁)
とおおせです。これは、日蓮大聖人様の弟子として同じようにお仕えしながら、日昭・日朗・日向・日頂・日持らの五老僧たちは、日蓮大聖人様が天台宗の僧侶であるとしか理解できていなかった証拠として示されたものです。

 この五人所破抄からも明らかなように、日蓮大聖人様を正しく拝することが出来たのは日興上人ただお一人であり、唯授一人・血脈の次第がいかに重要なことかが分かるのです。

 日蓮正宗富士大石寺が七五〇年の間正法を守りぬき、私たちが大御本尊様の功徳を受けられるその大本に、日興上人の大聖人様への御奉公があることを銘記し、日興上人への御報恩に励みましょう。

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