日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成20年3月2日 広布唱題会

上野尼御前御返事

〜 孝養 〜

上野尼御前御返事(御書一五七四頁)
弘安四年一一月一五日 六〇歳

上野尼御前御返事 (新編御書一五七四頁)

抑御消息を見候へば、尼御前の慈父故松野六郎左衛門入道殿の忌日と云云。子息多ければ孝養まちまちなり。然れども必ず法華経に非ざれば謗法等云云


 六十二回目の唱題行に御参詣ご苦労様です。本日は海外部の役目で総本山に出仕となっております。ご理解の程お願いいたします。

 さて、今月は彼岸の月です。十七日から二十三日までの一週間、お彼岸の法要を奉修いたしますので追善供養にお励み下さい。

 本日の御書は追善供養の御書です。これは、南条時光殿のお母さんである上野尼に与えられたものです。上野尼は松野家の出身です。この時上野尼は、実家のお父さんである松野六郎左衛門の命日にあたって日蓮大聖人様にお米やお芋などの御供養をお送りし追善供養をお願いしました。その時の御返事が当抄です。

 御文を拝すると、松野殿には沢山の子供がいたようです。そして、子供たちがめいめいに親孝行と思って、それぞれの信仰する宗旨で追善供養をしたようです。そのことが
「子息多ければ孝養まちまちなり」
という意味です。私たちの周囲にもこのような姿があります。兄弟で信仰が違えばそうなるのは当然です。親を思う気持ちは皆変わらないわけですから。しかし、大聖人様は、親を思う気持ちは変わらなくとも、正しい信仰で追善供養をしなければ何の意味もないと仰せです。意味が無いどころか反対に、親孝行な気持ちが親を苦しめることになる、と正しい信仰による追善供養の大切さを教えてくださっております。それが、
「然れども必ず法華経に非ざれば謗法等云云」
という御指南です。自分の心に従うのではなく仏様の仰せに従うという事です。

 上野尼は、嫁いだ後も実の父親のことを思い、日蓮大聖人様の仰せのままに正しい教えで追善供養に励んでおりました。親孝行な娘を持ったお父さんの喜びは如何ばかりであったでしょうか。いかなる宝物よりも貴い宝物であるといえます。
「子に勝る財なし」
とは、千日尼に与えた御書ですが、親が亡くなった後に、御本尊様に追善供養を願い出てくれることが親としては最高の喜びなのです。

 上野尼も千日尼も親孝行を他の兄弟に任せる、などということはしませんでした。そのような姿勢であったからこそ、南条時光、あるいは藤九郎守綱という親孝行な子供に恵まれたのです。つまり、親を大切にすることは子供から大切にされる、ということです。同じように、年配者を大切にすることは、若い人から大切にされる、ということです。

 佛乗寺の法華講の皆さまも日蓮大聖人様の教えを純粋に信じています。ですから、お母さんお父さんにしてみれば、お題目を唱え折伏を行ずる皆さまは最高の宝物です。これは大聖人様のお言葉です。このお言葉を信じて、さらなる追善供養にお励み下さい。自らの幸福と周囲の幸福を祈って精進をしましょう。

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