日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成20年4月6日 広布唱題会

曽谷入道殿許御書

〜 清浄 〜

曽谷入道殿許御書(御書七七七頁)
文永一二年三月一〇日 五四歳

曽谷入道殿許御書 (新編御書七七七頁)

涅槃経に云く『内には弟子あって甚深の義を解(さと)り、外には清浄(しょうじょう)の檀越(だんのつ)有って仏法久住せん』云云


 六十三回目の唱題行御参詣、まことにご苦労様です。毎月第一日曜・午前九時からの唱題行は、御法主上人の大導師のもと、広宣流布・世界の平和を願って世界中の日蓮正宗の僧俗が心を一つにあわせて行うものです。この場に居合わせることのできる有り難さを思います。

 日蓮大聖人様は、弟子と檀越の関係を曽谷殿に御指南されます。弟子である僧侶があって、甚だ深い仏法の義を理解し悟るための修行に励み、一方に、清くけがれのない心で仏法を護る檀越、つまり御信徒があり、この内と外の両方が相まって、初めて仏の教えは永く末代にまで伝え弘まるのである、と御指南です。この御指南は、本門戒壇の大御本尊様の教えを永遠に伝え、全ての人々を成仏に導く上から欠かすことのできない大切な御指南です。

 日蓮正宗では、常に僧俗和合、寺檀一致といいます。それは、僧侶のみでも御信徒のみでも令法久住(りょうぼうくじゅう)即ち広宣流布は達成できない、と大聖人様がハッキリと御指南されているからです。この御指南を守ることが現在の成仏の為には欠かすことの出来ない修行となります。

 御参詣の皆さまは、御文に示される
「清浄(しょうじょう)の檀越(だんのつ)有って」
のお立場です。皆さまの清浄なる信があってはじめて、広宣流布も実現可能なものとなるのです。でありますから、その立場の貴を自覚し、誇りと自信を持って精進をすべきであります。

 この貴い立場を忘れたのが池田創価学会の者たちです。彼らは、口では広宣流布、といいますが、この御文に照らし合わせてみると、彼らの広宣流布は日蓮大聖人様の仰せになる広宣流布でないことが明白になります。

 日蓮大聖人様の教えを、曲げて広め、正しい教えを破壊しようとする池田大作の罪はまことに深いものです。大聖人様は次のように仰せです。
「かゝる日蓮を用ひぬるともあしくうやまはゞ国亡ぶべし」
(『種々御振舞御書』一〇六六頁)
意は、同じ謗法であっても、正しい教えを曲げる罪がより深いものであることを、「国が滅ぶ」という厳しい言葉で私たちに教えて下さるものです。

 この御文に符合する状況の中で、多くの人々が苦悩にあえいでおります。池田大作に心を支配(竹入元公明党委員長の手記より)された人々による政治の壟断は目を覆うものがあります。

 当抄の中で、
「涅槃経に云く『内には弟子あって甚深の義を解(さと)り、外には清浄(しょうじょう)の檀越(だんのつ)有って仏法久住せん』云云」
大聖人様が仰せになることを彼らに伝え、彼らの誤りを正すことが折伏です。

 新しい年度に入り、新しい出会いがあると思います。そのなかには、誤った信仰により現世での苦しみをうけている人たちが大勢おります。その人たちに、成仏の法を説き聞かせ、苦しみから救うと共に、私たちも罪障消滅の功徳を受けてまいりましょう。益々のご精進を祈ります。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺