日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成20年11月1日 永代経

『法を弘めるのは自分のため』
『妙法蓮華経隨喜功徳品第十八』(新編法華経四七一頁)

阿逸多、若し復人有って余人に語って言わく、
経有り。法華と名づけたてまつる。共に往いて聴くべし。
即ち其の教を受けて、乃至須臾の間も聞かん。是の人の功徳は、身を転じて陀羅尼菩薩と共に一処に生ずることを得ん。利根にして智慧あらん。百千万世に、終に[おんな]ならず。口の気臭からず。舌に常に病無く、口にも亦病無けん。歯は垢黒ならず、黄ならず疎かず、亦欠落せず、差わず曲らず。唇下垂せず、亦[けん]縮ならず、麁渋ならず、瘡[しん]ならず、亦欠壊せず、亦[け]邪ならず、厚からず大ならず、亦梨黒ならず、諸の悪むべきこと無けん。鼻[へんたい]ならず、亦曲戻ならず。面色黒からず、亦狭長ならず、亦[わ]曲ならず、 一切の憙うべからざる相有ること無けん。
唇舌牙歯、悉く皆厳好ならん。鼻修く高直にして、面貌圓満し、眉高くして長く、額広く平正にして、人相具足せん。世世に生れん所には、仏を見たてまつり法を聞いて、教誨を信受せん。
阿逸多、汝且く是を観ぜよ。一人に勧めて、往いて法を聴かしむる功徳此の如し。何に況んや、一心に聴き、説き、読誦し、而も大衆に於て、人の為に分別し、説の如く修行せんをや

※[ ]内は常用漢字でない為、表示不可。

【訳】

弥勒(みろく)よ、ある人が、「法華経という素晴らしいお経文があります。私と一緒に法会の場(お寺や座談会の会場)に行って、その教えを聞きませんか」と誘ったとします。そして、法華経の教えを少しでも聞くことができたならば、誘った人は生まれ変わった後に、悪業を行わず善行を勧め実践する素晴らしい菩薩として生まれる功徳を受けることができます。その人は、耳や目や鼻などの五体に何不自由なく、何千万回生まれ変わっても、常に功徳を受けることができます。口や舌や歯、また唇・鼻・顔にも悪いところは一つもありません。
唇も舌も歯もきれいにそろって美しく、鼻も高くまっすぐであり、顔つきも円満で、眉も高く長く、額も広く平です。このような素晴らしい姿で生まれます。さらに、生まれ変わる度に仏様の許にあって、法を聞き教えを受けて仏道に励むことができます。
弥勒(みろく)よ、このような功徳をよく見なさい。ただ一人を勧めて法会の場(お寺・座談会会場)に誘っただけでこのような大きな功徳を受けることができるのです。
まして、仏様のお言葉を素直に信じ、心から教えを聴き、聴いたことを周りの人たちに伝えたりともに法華経を読誦したり、さらに大勢の人々のために、仏様が教えて下さるままに修行に励むことで受けられる功徳の素晴らしさは言うまでもありません。


【語句の意味】

阿逸多(あいった)−弥勒菩薩のこと。
須臾(しゅゆ)二十四時間の三十分の一。四十八分。ここでは、しばらくの間の意。
身を転じ−生まれ変わっての意。来世のこと。
陀羅尼菩薩(だらにぼさつ)−陀羅尼は、悪いことをせず善いことを行うことをいう。
利根−眼・耳・鼻・舌・身の五根がすぐれていること。
百千万世−百万回一千万回生まれ変わったとしても、という意。
[おんな]−咽が詰まり声のでない病。
[けん]縮(けんしゅく)−縮んでまくれ上がっていること。
麁渋(そじゅう)−麁はあらい。渋はとどこうる。
[け]邪(けじゃ)−口が曲がっていること。
梨黒(りこく)−憎むべき相。
[わ]曲(わこく)−くぼんで曲がっていること。

※[ ]内は常用漢字でない為、表示不可。

『立正安国論』

「汝須く一身の安堵を思はゞ先ず四表の静謐を祈るべきものか」(二四九頁)

【あなたが、あなた自身の幸福を思うのであれば、その前に周囲の人々の幸福を祈ることが大切です】

「唯我が信ずるのみに非ず、又他の誤りをも誡めんのみ」(二五〇頁)

【私だけが信じるのではなく、周りの人たちの誤った考えや行動にたいして、誤りを教え注意し、正しい道に導き入れる修行に励みます】

文責編集部 転載複写等禁止



日蓮正宗向陽山佛乗寺