日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成20年11月2日 広布唱題会

日興跡条々事

〜 師弟子 〜

日興跡条々事(御書一八八三頁)
元弘二年十一月十日

日興跡条々事 (新編御書一八八三頁)

一、本門寺建立の時、新田卿阿闍梨日目を座主と為し、日本国乃至一閻浮提の内、山寺等に於て、半分は日目嫡子分として管領せしむべし。残る所の半分は自余の大衆等之を領掌すべし。

一、日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊は、日目に之を相伝す。本門寺に懸け奉るべし。

一、大石寺は御堂と云ひ墓所と云ひ日目之を管領し、修理を加へ勤行を致して広宣流布を待つべきなり。
  右、日目は十五の歳、日興に値ひて法華を信じて以来七十三歳の老体に至るも敢へて違失の義無し。
  十七の歳、日蓮聖人の所に詣で 甲州身延山 御在生七年の間常随給仕し、御遷化の後、弘安八年より元徳二年に至る五十年の間、奏聞の功他に異なるに依って此くの如く書き置く所なり。
  仍(よ)って後の為証状件(くだん)の如し。

 十一月十日
                                 日興 花押


総本山で御法主日如上人が大導師をされ、私たちも御法主上人の御衣の袖で覆っていただき、共に広宣流布・世界平和が一刻も早く実現することを祈る唱題行も今回で七十回目を迎えます。これまで欠かさずに参詣された方は大きな功徳を戴いています。何度か欠かした方、今日から明年の七月まで、欠かすことのないようにご自身を励ましてください。また、意義ある唱題行を知らない方もおります。そのかた方を誘って、御法主上人とかけがえのない時間を共有させていただく功徳を味わうことを教え導くことは折伏に通じます。自他共の成仏を目指しましょう。

拝読の御文は、日興上人が日蓮大聖人様から受け継がれた一切を、日目上人にお譲りになる『譲り状』です。

この中で特に
「日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊は、日目に之を相伝す。本門寺に懸け奉るべし」
を心に留ることが肝要です。何故ならば、弘安二年十月十二日御建立の本門戒壇の大御本尊様を大聖人様から「給はった」日興上人が、今度は日目上人に「相伝」されたことを記されたものだからです。つまり、大御本尊様は大聖人様から日興上人、さらに日興上人から日目上人に、と代々の御法主上人が御相伝遊ばされることを示される重要な意義を込められているからです。

この御文を拝して、少なくとも次のことに気づくはずです。即ち、「大御本尊様は時の御法主上人が大聖人様から譲り受けられた」ということです。換言すれば、大御本尊様は御法主上人が御所時遊ばされ、広宣流布の時まで御護りされる、ということです。

そして、私たちの立場は、大御本尊様を御所時遊ばされる御法主上人のお許しを得て「内拝」をさせていただくところにあるのです。

思い出してください。御開扉の時に、御法主上人が「願いにより御開扉申し上げ」と仰せになります。私たちが、大御本尊様に御目通りが許されるか否かは全て御法主上人のお許しがあるか否か、これに尽きるのです。ですから、日蓮正宗は、時の御法主上人の御指南のままに信心をしてこそ日蓮大聖人様からの功徳を受けることが叶う宗旨である、と云のです。この師弟の筋道を守ることが成仏への直道です。

いよいよ「正義顕揚七百五十年」の佳節の幕が上がります。六十日後に備え、今日から心を新に精進をかさねようではありませんか。自他共の成仏のために。  以上

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日蓮正宗向陽山佛乗寺