日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成20年12月13・14日 御報恩御講拝読御書

南条殿御返事

南条殿御返事 (平成新編御書一五六九頁)
弘安四年九月一一日 六〇歳

南条殿御返事 (御書一五六九頁)

 塩一駄・大豆一俵・とっさか(鶏冠菜)一袋・酒一筒給び候。上野国より御帰宅候後は未だ見参に入らず候。床敷存じ候ひし処に、品々の物ども取り副へ候ひて御音信(おんおとずれ)に預かり候事申し尽くし難き御志にて候。
 今申せば事新しきに相似て候へども、徳勝童子は仏に土の餅を奉りて、阿育大王と生まれて、南閻浮提を大体知行すと承り候。土の餅は物ならねども、仏のいみじく渡らせ給へば、かくいみじき報ひを得たり。然るに釈迦仏は、我を無量の珍宝を以て億劫の間供養せんよりは、末代の法華経の行者を一日なりとも供養せん功徳は、百千万億倍過ぐべしとこそ説かせ給ひて候に、法華経の行者を心に入れて数年供養し給ふ事有り難き御志かな。金言の如くんば定めて後生は霊山浄土に生まれ給ふべし。いみじき果報かな。


【語句の意味】

○一駄=馬や牛が運ぶ荷物の数を数える言葉。
○とっさか(鶏冠菜)=岩場に生える海苔のこと。形が鶏冠に似ていることからこのように呼ばれる。
○上野国=群馬県の旧名。
○床敷存じ候(ゆかしくぞんじそうろう)=ゆかし、は心が引かれる状態をいう。ここでは、その後どのようにされているかと思っておりました、の意。
○御音信=連絡をすること。便り。手紙。
○徳勝童子=得勝童子とも記される。徳勝・無勝の二人の童子が土遊びをしているところに釈尊が通りかかった。その釈尊に土で作った餅を供養した功徳によって、釈尊が入滅されて百年後にインドに阿育大王として生まれた。
○阿育大王=インドの国王。大王は深く仏教に帰依し、善政を敷いた。国は栄え人々もよく王に仕え、その威光は中東を越え遠くヨーロッパにも及んだと伝えられる。
○南閻浮提=古代インドの世界観で中央の須弥山の南側にある国土。仏法有縁の地。
○知行=土地を支配すること。領地。
○無量の珍宝=無量は量ることができない、限りない、の意。従って、貴重で珍しい宝を限りなく御供養として奉った、との意。法華経の法師品の文。
○億劫(おっこう)=考えることのできないほどの長い長い時間。億は量る。劫は考えられないほどの長い時間。今日の「おっくう」の元になった言葉。時間ばかりかかってやりとげられないことの意から、面倒くさくて気が進まないことの意に使われている。
○霊山浄土=霊鷲山のこと。仏様が法華経を説かれた国土。清浄で安穏な国土。成仏の境界にある衆生が住む国土。


【意 訳】

 塩を二俵、大豆を一俵、海苔を一袋、酒を一筒、確かに拝受いたしました。先般、群馬・上野の国から富士・上野にお帰りになったとお聞きしておりました。しかし、その後お会いする機会がなく、どのように過ごされているか案じておりましたところ、この度、御供養の品々と共に近況を知らせるお便りを頂きました。その便りには、ご病気が思わしくない、とありました。そのような中にあっても、日蓮のことを思って、真心を尽くされる貴男の志を言葉で表すことはできません。まことに貴いことです。

 以前にも申し上げましたように、徳勝童子は土で作った餅を釈尊に御供養した功徳によって阿育大王と生まれました。阿育大王は私たちの住む国のほとんどを領地とするほどの大国の王であったと聞いております。

 このときの御供養は土で作った餅で食べることはできません。しかしながら、御供養をお受けになった仏様が尊い仏様でしたから、大国の王と生まれる功徳を受けることができました。

 ところが、その釈尊が、法華経の法師品の中で、「私に、限りなく貴重で珍しい宝物を供え、また長い長い間供養をするよりも、末法の法華経の行者を一日でも供養する功徳の方が百千万億倍優れている」と説かれています。

 この経文にあるように、時光殿が末代の法華経の行者である日蓮の教えを信じ、日蓮に対して数年の間御供養をされるご信心はまことに勝れたものです。仏様のお言葉のように、来世には仏様と共に仏国土に生まれあわせることができます。素晴らしい功徳です。

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