日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成21年1月10・11日 御報恩御講拝読御書

清澄寺大衆中

清澄寺大衆中 (平成新編御書九四五頁)
建治二年一月一一日 五五歳

清澄寺大衆中 (御書九四五頁)

 新春の慶賀自他幸甚幸甚。去年来たらず如何。定めて子細有らんか。
 抑参詣を企て候へば、伊勢公の御房に十住心論・秘蔵宝鑰・二教論等の真言の疏を借用候へ。是くの如きは真言師蜂起故に之を申す。又止観の第一・第二御随身候へ。東春・輔正記なんどや候らん。円智房の御弟子に、観智房の持ちて候なる宗要集かしたび候へ。それのみならず、ふみの候由も人々申し候ひしなり。早々に返すべきのよし申させ給へ。
 今年は殊に仏法の邪正たゞさるべき年か。


【通解】

 新年のお慶びを申し上げます。自他共に幸いなことです。昨年は日蓮の元に登山参詣がありませんでしたが、何か理由があったのかと心配をしております。
 さて、次に日蓮の元に参詣をされるときには、伊勢公から「十住心論・秘蔵宝鑰・二経論」などの真言宗の書物を借りてきて下さるようお願いいたします。その理由は、真言宗の者たちが日蓮と法論をしようとして騒いでおりますので、その準備のためにこれらの書物を改めてみておきたいと思うからです。また、摩訶止観の第一巻と第二巻をご持参下さい。東春・輔正記などはありますでしょうか。円智房の弟子の観智房が持っている宗要集も借りてきて下さい。そればかりではなく、観智房は他の書物も持っていると人々が言っておりますのでそれも借りてきて下さい。早々に返しますのでそのように言ってください。
 今年こそは、仏法の邪正が明らかにされる年になると考えます。


【語句】

伊勢公 清澄寺の住僧。生没不明。日蓮大聖人の教えに随っていたものと思われる。
十住心論(じゅうじゅうしんろん) 秘密曼陀羅十住心論の略。空海著。真言密教が真実の教えであるとの邪説が展開されている。
秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく) 十住心論の要点を述べたもの。
二経論(にきょうろん) 弁顕密二経論の略。空海著。顕教と密教を対比して、密教の教えが正しいとの邪説を説いた書。大聖人様は、『真言天台勝劣事』等でこれらの悪書を破折をされている。
経文を注釈した書物。
止観 摩訶止観の略。中国の天台大師が説かれたものを弟子の章安大師が筆記したもの。法華文句・法華玄義と合わせて天台三大部と称される。そのなかでも摩訶止観は観心について説かれていることから、天台大師にとっての出世の本懷の書とされている。
東春(とうしゅん) 法華経疏義纉(ほけきょうしょぎさん)中国唐代の天台僧智度著。法華文句の註釈書。智度が東春に住んでいたことからこの名前がある。
輔正記(ふしょうき) 法華文句輔正記の略。中国唐代の天台僧道暹著。法華文句の註釈書。
円智房・観智房 共に清澄寺の住僧。両名共に一時は日蓮大聖人の教えに随ったときもあったようだが、最後は師敵対して臨終が悪かったことを、『種々御振舞御書』(御書・一〇七〇頁)には、「日蓮こそ念仏者よりも道義房と円智房とは無間地獄の底にをつべしと申したりしが、此の人々の御臨終はよく候ひけるかいかに」とお示しである。



 立宗七五七年あけましておめでとうございます。また本年は、『立正安国論』をもって正義顕揚されてより七百五十年の佳節を迎えます。五十年に一度の佳節の新年にあたり重ねてお祝いを申し上げるものです。

 意義ある年の最初の御報恩御講に、感謝の念をもって御参詣された皆さまのご信心に御本仏日蓮大聖人様よりお誉めのお言葉があります。本年もまた十二回の御講に皆勤されますようにお勧めいたします。

 毎月の御講に欠かさずに参詣できる、ということは、まず健康でなければなりません。心身共にお元気だから御参詣が叶うのですから感謝の気持ちが涌いてきます。また、ご家族の協力にも感謝です。色々な面に感謝の気持ちを持つことができる御報恩御講の参詣である、といえます。

 ただ、注意しなくてはならないことがあります。それは、一年十二回の参詣を欠かさずに、という強いお気持ちのあまりに、参詣のための参詣にならないようにしなくてはなりません、ということです。参詣のための参詣とは、お参りすることのみが目的となって、修行という一念が薄くなることです。修行の一念が薄くなると、「お参りをしてやっている」という増上慢(ぞうじょうまん)になります。増上慢とは七種の慢心の一つで、仏法の深い教えを未だ得てもいないのに、私は仏法を得た、と思う心です。また、その心は姿に現れてきます。お題目を唱えるときの姿勢、例えば、足を組んで読経・唱題をしていませんか?ふんぞり返って御本尊様に向かっていませんか?手を胸の前でしっかりと合わせていますか?これらの姿は慢心につながるものです。互いに注意をしたいものです。 ここに参詣されている方は、慢心に陥ることはないと思いますが、凡夫ですからどうなるかわかりません。そこで、日頃から「法を聞く」という修行が欠かせません。この聴聞の修行について大聖人様は『新池御書』で
「此の書をつねによませて御聴聞あるべし」(一四六二頁)
と仰せになっています。この御文の意は、「此の書を(使いの僧に)常に拝読させますからお聴きなさい」というものです。

 慢心を戒めるために御講に御参詣になるのですから、姿勢を正し、法を求める心をより強くして、自らを律することが大切です。「質直意柔軟」とは自我偈の文ですが、正直で素直という意味です。経文の如くに「素直に聞く耳」「正直な聴聞の心」をより強くし、即身成仏の大きな功徳を受けてまいりましょう。

 さて、本年の『立正安国論』正義顕揚七五〇年の年にあたり、年間実践テーマとして
(1) 五十万総登山の達成
(2) 七万五千名大結集総会で広布への出陣
(3) 全講員が勤行唱題と折伏の実践

が掲げられいるのはすでに御承知のことと思います。

(1)の「五十万総登山の達成」は、意義ある年にあたって、世界中の法華講員が総本山に登山し、自らの罪障を消滅すると共に、周りの人たちのために信心に励み、世界広布のお役に立ってゆこう、ということです。

(2)の「七万五千名大結集総会で広布への出陣」は、『立正安国論』がお認めになられた七月に、七万五千名の法華講員が総本山に結集して未来広布に立ち上がる儀式です。一月三日の出陣式の砌御法主日如上人は
「次なる闘いに向かっての出陣式である」
と仰せになり、未来広布は私たちの精進にかかっていることを御指南下さいました。したがいまして七月二十六日の大結集は一人ひとりの成仏のため、世界中の人々の成仏のためにまことに大切な意義が込められております。

(3)の「全講員が勤行唱題と折伏の実践」は申すまでもありません。勤行唱題をしっかりすれば、自ずから道が開かれてくることは皆さまが既に体験済みのことです。勤行と唱題、これが日蓮正宗の信仰の基本です。ゆるがせにせず皆で実践をしてまいりましょう。

 佛乗寺では本年、折伏六十世帯、総登山一〇五七名、大結集二四七名の目標です。目標の達成のため、本因妙の修行に励むことによりさらに大きな功徳を受けることができます。確信をもって進もうではありませんか。

 皆さまのさらなるご精進と御健勝をお祈り申し上げます。

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