日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成21年3月1日 永代経

日蓮大聖人御一代
 三月になりました。ついこの間お正月をお祝いしたと思ったばかりですが早いものです。三月は、世間的には卒業式に代表されるように別れの季節といわれます。出世間の仏教では、お彼岸があり、御先祖をはじめとする亡き方々への追善供養の月です。佛乗寺においても、彼岸会を奉修いたします。また、二十二日の日曜日には第一回の支部総登山が挙行されます。これには万難を排して参加いただくことが大切です。今年は支部総登山を五回開催いたします。五回全部に参加する気持ちで本年を過ごすことが時に適った修行です。「登山登山といわれなくてもわかっていますよ」とへそを曲げてはなりません。先月の御経日に拝したように、総本山に足を運ぶ修行は罪障消滅の功徳を受けるまたとない修行なのです。なによりも、「日蓮がこれにてまちいりて候」と仰せ下さっているのです。この御文は、ご両親から「あなたの帰えりを首を長くして待っていますよ」といわれて、なお帰らないのは親不孝の極めであるのと同じです。日蓮大聖人様は私たち凡夫にとっては、主であり師であり親だからです。まだ申し込んでいない方は間に合いますので申し込みましょう。
 
 さて、今月から、日蓮大聖人様の御一代について学びたいと思います。すでに御承知のことばかりで、またか、と思う方も多いでしょう。しかし、私たち日蓮正宗の信仰をするものは、繰り返し大聖人様のお姿を通して南無妙法蓮華経の信仰を学ぶことが大切であると考えます。退屈かも知れませんがまた新しい発見もあると思います。共に学ぼうではありませんか。

 三月二十八日は日蓮大聖人様が「宗旨建立の内示」をされた日です。立宗宣言は建長五年四月二十八日ですが、それに先だつ三月二十八日に内々に立宗を宣言されたことが御書に明らかです。大聖人様の御生涯から拝しますと、二月にご誕生され三月に立宗の内示をされ、四月に立宗宣言をされたことになります。


○御誕生

 大聖人様は、貞応元年二月十六日に千葉県の安房小湊でご誕生になりました。お父様は重忠、お母様は梅菊と名乗られておりました。当時は漁師をされていた伝えられています。大聖人様はご自身の御出生を、
『佐渡御書』
「日蓮今生には貧窮下賤の者と生まれ旃陀羅が家より出でたり」
(新編五八〇頁)
『善無畏三蔵抄』
「日蓮は安房国東条片海の石中の賤民が子なり」
(新編四三八頁)
と仰せです。

貧窮(びんぐ)は貧しくて生活に苦しむことであり、下賤は身分が低く賤しいことです。旃陀羅(せんだら)はインドのカースト制度の中では最下級の身分で、狩猟や屠殺などを生業としていた人たちを指す言葉です。また「石中が賎民(いそなかがせんみん)」も浜辺の賤しい身分、差別を受ける身分とされています。このように大聖人様ご自身が仰せなっております。

 何故大聖人様はご自身の出自をこのように仰せになるのでしょうか。我々凡夫の心では、少しでも良いところ、良い家に生まれた、といいたくなります。ところが大聖人様は反対です。それは、仏様と私たち凡夫との間には差別はないのだ、という十界互具の教えからの深い意味が込められているからです。

(※仏様と凡夫が平等である、というと、同じお題目唱えているのだから、私も日蓮大聖人なのだ、という人がおります。もっともらしく聞こえますが、少し変ですね。例えば、畜生界にも仏界はありますので、犬や猫と同じです、といっているのと変わりません。畜生界の衆生はあくまで畜生界の衆生であり、畜生界に生まれたのは過去世の因だからです)

 十界互具の教えは、@仏界・A菩薩界・B縁覚界・C声聞界・D天界・E人界・F修羅界・G畜生界・H餓鬼界・I地獄界の十種の世界が別々に存在するのではなく一つの心の中にあることです。つまり、尊い仏界も苦しみの地獄界も別のところにあるのではなく全てが私たちの心の働きなのである、ということです。日蓮大聖人様が、ご自身の御出生を「貧窮下賤」・「旃陀羅」等と仰せになるのは、仏様と私たち凡夫との差別を、意識の上から取り除くためのお言葉なのです。この教えは法華経にのみ説かれるもので、これだけでも法華経が阿弥陀経や大日経や般若心経などの諸経に比べて貴い教えであることが分かるのです。

 七百五十年前の封建社会にあって、性差をはじめとするあらゆる差別を受ける人々は、このような発言をされる日蓮大聖人様に勇気付けられたのです。ちなみにインドの釈尊が入滅したのは二月十五日です。釈尊滅後二千百七十一年と一日後が大聖人様のお誕生日であることは偶然ではありません。二千年の時間的な差はありますが、十五日の翌日、これが大きな意義を含んでいるのです。


○出家

 日蓮大聖人様は、御幼名を「善日麿(ぜんにちまろ)」と名乗られました。幼いころから学問を志されていたことを『破良観等御書』では次のように記されております。
「予はかつしろしめされて候がごとく、幼少の時より学文に心をかけし上、大虚空蔵菩薩の御宝前に願を立て、日本第一の智者となし給へ。十二のとしより此の願を立つ」(新編一〇七七頁)
 大虚空蔵菩薩(だいこくうぞうぼさつ)とは智慧と徳を蔵(おさめ)ている菩薩で、智慧と徳は虚空(大空)のように大きくて果てしない、ということからこのような名前が付けられています。その菩薩に十二歳の時に祈られたと仰せです。ここで十二歳とあるのは、そのお歳の時に安房小湊の近くにあった天台宗の清澄寺というお寺に登って出家の身となられたからです。虚空蔵菩薩は清澄寺に安置されておりました。

(※大聖人様が虚空蔵菩薩に祈った、と仰せですから、私も、と思ってはなりませんよ。申すまでもありませんが、南無妙法蓮華経と立宗宣言をされる以前のことです。南無妙法蓮華経と修行の道を大聖人様がお示し下さった後は、ひたすら南無妙法蓮華経でなくてはなりません。あたりまえのことのようですが、身延や池上等ではここに迷っています)

 清澄寺に入られた「善日麿」は一心不乱に勉学に励み、十六歳で得度をされ名前を「蓮長」と改め、さらに修学に打ち込まれたのです。そして、十八歳の時職遊学の旅に立たれました。


○遊学

 当時、仏教の中心は比叡山でした。比叡山延暦寺と正式にはいいます。伝教大師最澄が桓武天皇の外護を受けて建立した天台宗の寺院です。ここには諸国から大勢の僧侶が集まって仏教を学んでおりました。今日的な言い方をすれば、仏教を学ぶ大学、といえます。日蓮大聖人様は比叡山にあって修学されること三年、さらに京都、奈良、大阪、また高野山等であらゆる仏教を学ばれました。

『妙法比丘尼御返事』には、
「所詮肝要を知る身とならばやと思ひし故に、随分にはしりまはり、十二・十六の年より三十二に至るまで二十余年が間、鎌倉・京・叡山・園城寺・高野・天王寺等の国々寺々あらあら習ひ回り候ひし程」(新編一二五八頁)
と記されております。十二歳で出家されてより三十二歳までの二十年の間ひたすら修学に励まれたのです。そして、いよいよその修学の成果を故郷の人々に披露する時がまいりました。


○立宗宣言

 その前に、鎌倉時代の世相を述べます。仏教の上では大聖人様が御誕生になられた貞応元年(一二二二年)は前述したように釈尊滅後二千百七十一年目です。これは末法に入って百七十一年目ということになります。『大集経(だいしっきょう)』には釈尊の滅後の様子が次のように説かれております。「五箇の五百歳」といわれるものです。

「我が滅後に於て初めの五百年の中は解脱堅固、次の五百年は禅定堅固已上千年、次の五百年は読誦多聞堅固、次の五百年は多造塔寺堅固已上二千年、次の五百年は我が法の中に於て闘諍言訟して白法隠没せん」

最初の五百年は「解脱堅固(げだつけんご)」といわれる時代です。この時代の人々は釈尊が説かれた教えを、智慧によって悟ることができました。二番目の五百年を「禅定堅固(ぜんじょうけんご)」の時代といいます。この時代の人々は堅く禅定と言って、心を静かに定めて修行に励むことにより悟りを開くことができました。この間の千年を「正法時代」といいます。三番目の五百年を「読誦多聞堅固(どくじゅたもんけんご)」といいます。経文を声に出して読んだり心の中で誦したりすることによって仏の教えを悟ることができた時代です。四番目の五百年を「多造塔寺堅固(たぞうとうじけんご)」といいます。この時代にはお寺を建てたり仏塔を建てる修行によって悟りを得ることができました。この間の千年を「像法時代」といいます。像という字は似るという意味があります。悟りを得ることが正法に似るということです。

 この二千年の間には、修行の違いこそあっても人々は釈尊の教えによって悟りを開くことが叶うのでありますが、それ以降の人々は釈尊の教えでは悟りを開くことができない、と『大集経』にハッキリと示されていることを忘れてはなりません。そのことをお経文では「次の五百年は我が法の中に於て闘諍言訟して白法隠没せん」という言葉で示されるのです。

 次の五百年とありますが、この五百年は限定の五百年ではなく二千年以降全て、という意味です。万年まで続く五百年なのです。

 この時代を「五濁悪世」といいます。「末法」とも言います。釈尊の教えの効力が消えてしまった故に、人々の心が濁り、衆生の心が濁る故に周りの環境世界も濁り自然災害が頻発し、飢饉や疫病が蔓延し、絶え間ない争いの続く社会になる、と説かれているのです。

 この経文に説かれたことが真実であることは、日本のみならず世界の全土において、時を同じくして五濁乱漫、すなわち戦乱に明け暮れる社会となったことによって証明されます。

 来月の四月一日は『立宗宣言』からです。 三寒四温の季節です。風邪などひかぬようご自愛下さい。

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