日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成21年6月13・14日 御報恩御講拝読御書

弥三郎殿御返事

弥三郎殿御返事 (平成新編御書一一六五頁)
建治三年八月四日  五六歳

弥三郎殿御返事 (御書一一六五頁)

構へて構へて所領を惜しみ、妻子を顧み、又人を憑みてあやぶむ事無かれ。但偏に思ひ切るべし。今年の世間を鏡とせよ。若干の人の死ぬるに、今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり。此こそ宇治川を渡せし所よ。是こそ勢多を渡せし所よ。名を揚るか名をくだすかなり。人身は受け難く法華経は信じ難しとは是なり。釈迦・多宝・十方の仏来集して我が身に入りかはり、我を助け給へと観念せさせ給ふべし


【通解】

(日蓮の説く法華経の信心をするためには)強い心構えが大事です。所領を惜しんだり、妻や子に心を奪われたり、他人に責任を転嫁したりしてはなりません。ただ一途に、御信心第一に、という心を立てるときです。今年の世間の有り様を鏡としなさい。多くの人が死んだのに、貴男がこれまで生きながらえているのはこのことに巡り会うためです。いまこそ宇治川を渡る時であり、瀬田川を渡る時です。この度の法戦は、勝って名を揚げるか、反対に名を下すかの分かれ目です。
 人の身として生まれることは難しく、その上法華経を信じ続けることはなお難しいとはこのことです。釈迦・多宝・十方の仏様が我が身に入って私を助けたまえ、と祈りなさい。


【講義】

 本抄は、建治三(一二七七)年八月四日、日蓮大聖人様が五十六歳の御時に、身延(みのぶ)において認(したた)められたお手紙で、残念ながら御真蹟は現存しません。

 対告衆の弥三郎は、駿州(すんしゅう)沼津に住んでいた斎藤弥三郎のことと伝えられており、伊豆・川奈の船守(ふなもり)弥三郎とは別人です。

 本抄の内容は、念仏宗の誤りを指摘し、折伏をする書です。念仏を信仰する者と、法論をすることになった弥三郎が、日蓮大聖人様に折伏の要点を御指南賜ったもので、私たちも、弥三郎と同じように、折伏に臨んだときの心構えとして拝することが大切です。

 先ず、
「構へて構へて所領を惜しみ、妻子を顧み、又人を憑みてあやぶむ事無かれ」
と仰せになり、折伏の場に臨むときの心構えを御指導下さっております。その心構えとは、折伏をするときに起こってくる様々な難を恐れてならない、ということです。例えば、「所領を惜しみ」とあります。当時は武士であれば各自が領地を与えられており、そこで収穫した米などの作物を生活の糧としておりました。領地を召し上げられると生活が成り立たなくなります。そこで、その所領のことを思って、信仰の筋道を貫くことが出来ないようなことであってはならない、と仰せになるのです。生活を優先するのではなく信心を優先しなさい、とのお言葉です。現在にあてはめるなら、折伏をすることによって仕事を失う恐れがあるから折伏は止めておこう、というような弱い心であってはなりませんということです。誠に厳しい御指南です。また、「妻子を顧み」たりしてはなりませんとあり、折伏の時には、最愛の妻や子供に心を奪われるようなことであってはなりません、とこれまた厳しい御指南です。さらに、「人を憑みて・・・」とあります。これは、他人を頼みにする、つまり人の力をあてにしてはなりません、そのようなことであっては、自身ばかりか、頼りにした人を「危ぶむ」つまり危険な目に遭わせてしまうことになる、ゆえに注意しなければなりません、との仰せです。全ては自己の責任においてすべきなのであって、成仏の修行は他人任せであってはならない、ということです。

 『弟子檀那中書』御書にも
「各々用心有るべし。少しも妻子眷属を憶ふこと莫れ、権威を恐るゝこと莫れ。今度生死の縛を切りて仏果を遂げしめ給へ」(三百八十頁)
とあります。勤め先を解雇され、妻子と別れ別れになったらどうしよう、と思っている間は成仏の功徳を受けることはできない、という御指南を拝して、こんな厳しい信心なんか止めてしまおう、と思うかも知れませんが、それであっては成仏は叶いません。

 法華経の教えを末法に受けたもつには勇気が大切であることは、方便品の中にも説かれております。朝夕読誦する「勇猛精進」の文です。これは、我が心を勇ましく励まし、力を尽くして進んで行けば、どのような苦難であっても乗り越えて行くことが出来ます、という意味です。先月は「不自惜身命」を学びましたが、お経文には、仏に成るためには命懸けの信心が大切である、あるいは、勇気をもって法を説いて行くことが幸せになる唯一の道である、と処々で説かれております。

 そのお経文を、大聖人様は末法の私たちにより具体的な言葉として御書の中で示してくださっているのです。勇気とは他を頼むことなく、自らの力で何事にも対して行く、その結果、多くの功徳を積みその功徳を周りに分け与えることが出来るようになる、ということなのです。ですから、所領を惜しむな、とか妻子を顧みてはなりません、と仰せになるそのお言葉の底には、
『種々御振舞御書』で、
「されば日蓮貧道の身と生まれて、父母の孝養心にたらず、国の恩を報ずべき力なし。今度頚を法華経に奉りて其の功徳を父母に回向せん。其のあまりは弟子檀那等にはぶくべし」 (一〇六〇頁)
と仰せのように、勇気を出して、法のために命懸けで修行をすれば、必ず成仏という大きな功徳を受けることができる、そして今度はその功徳を、父母や弟子や信徒に分けてあげることが出来るのである、という御本仏の大確信です。

 したがって、大聖人様が教えて下さる「勇気」とは、妻子眷属を顧みないのではなく、所領などどうなっても良い、というものではなく、御本尊様の信心を命がけでするならば、妻子眷属は必ず守られるのです。仕事も必ず成功するのです。それを疑い、勇猛精進を怠ったなら、帰って妻子を路頭に迷わし、仕事面でも成功を望むことは出来ない人生に陥るのです。ですから、大聖人様は、信心を根本にしなさい、と厳しく仰せになるのです。生活を根本にして信心を後回しにするなら、幸せにはなれませんぞ、順番を間違えてはなりませんぞ、と慈悲のお言葉なのです。

 慈悲のお言葉だからこそ
「但偏に思ひ切るべし」
と強く、ハッキリと断言されるのです。繰り返しますが、厳しいお言葉の底には、日蓮の教えを素直に実践するなら、必ず幸せになれる、という仏様としての大確信があるからです。
「今年の世間を鏡とせよ。若干の人の死ぬるに、今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり。此こそ宇治川を渡せし所よ。是こそ勢多を渡せし所よ。名を揚るか名をくだすかなり。人身は受け難く法華経は信じ難しとは是なり」
 ここは、「時」を知るべきである、という御指南です。宇治川も勢多川も琵琶湖から流れ出る川の名で、滋賀県では瀬田川、京都府では宇治川、大阪府に入ると淀川と呼ばれます。源頼朝の鎌倉方が、天下を平定するために京を目指して軍を進め、瀬田川を渡ることが出来れば源氏の勝利が確定します。それだけに平家の懸命な抵抗に遭います。そこで、これまで鍛えてきたのはこの日のためでありこの時を逃してはならない、と兵を叱咤激励し、ついに念願を果たしました。

 この歴史上のことを弥三郎の信心に譬えて示されているのです。つまり、世間では多くの人が戦や病で命を落としている。そのような中で貴男は命を持っているのは「時」が貴男を必要としているからである。そうであれば、いまこそ不惜身命の信心を貫き、成仏の功徳を受ける時である、と指導されます。「名を揚げる」とは、武士であれば戦に勝つことであり、私たちは、己心の魔に打ち勝って成仏の功徳を受けることが「名を揚げる」ことになります。法戦という言葉がありますように、折伏も法戦であり、一人ひとりの心の中にある魔との闘いもまた法戦です。時を知り、障魔と闘う勇気が幸福への修行なのです。人と生まれるのは難事ですが、その難事を私たちは克服して人と生まれました。法華経の信心を貫くのも難事です。であっても、強く信じることによって、法華経を持ち続け成仏の功徳を受けることが叶うのです。
「釈迦・多宝・十方の仏来集して我が身に入りかはり、我を助け給へと観念せさせ給ふべし。」
最後に、強く祈るならば、必ず諸天の加護があることを示されてます。例えば、日蓮大聖人様を外護したことにより、或は折伏をしたことにより、四條金吾は所領を召し上げられ出仕を停止させられたり、南条時光のように自身は乗る馬が無く、妻子は着る物に不自由をするような大きな困難に直面したとしても、素直な心で、日蓮大聖人様の仰せのままに祈って行動を起こすところには必ず御本尊様の御加護がある、ということを強く信じるべきなのです。

 いよいよ『立正安国論』正義顕揚七百五十年の記念すべき七月を迎えます。『立正安国論』は、世界中が平和で安穏になる方法を明かされ、さらに実践することを勧められた書です。私たちが、七万五千名の総会を開催するのは、『立正安国論』の精神をもとに、私たちが先ず行動を起こし、未来広布の先駆けとなるためです。未来広布の出陣式に参加することの意義は計り知れません。生命を浄化し、三世を悠々と生き抜く功徳を受けることは疑いのないところです。御法主日如上人の御指南のままに、精進を重ねましょう。「勇猛精進」です。 

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日蓮正宗向陽山佛乗寺