日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成21年7月5日 広布唱題会

立正安国論

〜 世界全体の幸せ 〜

立正安国論(御書二三四頁)
文応元年七月一六日 三九歳

立正安国論

「汝須く一身の安堵を思はゞ先ず四表の静謐を祈るべきものかき」(新編御書 二百四九頁 七行)

「唯我が信ずるのみに非ず、又他の誤りをも誡めんのみ」(新編御書 二五〇頁 十一行)


汝(なんじ) 同等以下の相手を指す言。お前。そち。(広辞苑)
須(すべから)く 副詞。為すべきこととして。当然。「学生は須く勉強すべきである」当然は、道理上からそうあるべきこと。あたりまえのこと。(広辞苑) その事柄が、どう考えてもそうあるべきであること。そうであることが、なんら疑問の余地のないこと。あたりまえであること。「そうするのが当然だ」。多くの場合、下に付く助動詞である「べし」や「べき」と呼応して用いる。「べし」や「べき」は推量や予定の意も含まれるが、「当然」あるいは「義務」の意がある。(日本国語大辞典)
一身(いっしん) 一つの身体。一人。自分自身。(日本国語辞典)
安堵(あんど) 「堵(と)に安んず」と書き下す。意は、安心すること、住居に安住すること、領地が保証されること等。堵は、土を詰めて固めたへいのことをいう。(広辞苑)
思はゞ 思う、は、考える、思考する。望む、願う。あるいは心配する、嘆き悩む等の意。これに、接続助詞「ば」がついて、なになにであれば、なにないであるなら、という意になる。ここでは、「思うのであれば」、「願うのであれば」、「望むのであれば」等。
先ず 最初に。まっ先に。
四表(しひょう) 東西南北。国の四方。天下。
静謐(せいひつ) 「静」も「謐」も静か、やすらか、平穏等の意。
祈る ネは佛・神を意味する。斤は斧の刃を物に近づけたさまを表す象形文字。目指す所に近づこうとして佛・神に思いを伝えること。祈りは思いであるといわれるゆえんである。
思いが強ければそれだけ願いも叶う。思わなければ何も起こらない。
べき べしの連体形。当然・義務の意を表すもの。故に安国論の御文は「自身の幸せを願うのであれば、周囲の幸せを祈るに違いない、祈らなければならない」というお言葉。

 安国論の最後に、大聖人様は仰せである。「自らが大聖人様の仰せを信じ祈るばかりではなく、『他の誤りをも誡めんのみ』」と。すなわち、周囲の人々の誤った信仰観を打ち破り正法に導く行動を起こすことにより「一身の安堵」が叶うことを銘記すべきです。

 『法華初心成仏抄』には、
「譬へばよき火打とよき石のかどとよきほくちと此の三つ寄り合ひて火を用ゆるなり。祈りも又是くの如し。よき師とよき檀那とよき法と、此の三つ寄り合ひて祈りを成就し、国土の大難をも払ふべき者なり」(一三一四頁)
とあり、「よき師」のお立場にあられる御法主上人の御指南のままに祈り行動するときには、どのような願いも叶えられることを教えて下さっております。

 七万五千名の登山は、「未来広布の出陣式」であると日如上人が御指南下さいます。この折伏の出陣式に連なることは、過去の罪障消滅と未来成仏を意味しております。強く祈り、自己の狭い心を打ち破り共に前進をしましょう。

以上

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