日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成21年11月8日 御報恩御講拝読御書

日妙聖人御書

日妙聖人御書 (平成新編御書 六〇七頁)
文永九年五月二五日  五一歳

日妙聖人御書 (御書 六〇七頁)

相州鎌倉より北国佐渡国、其の中間一千余里に及べり。山海はるかにへだて、山は峨々海は濤々、風雨時にしたがふ事なし。山賊海賊充満せり。すくすくとまりとまり民の心虎のごとし犬のごとし。現身に三悪道の苦をふるか。其の上当世の乱世、去年より謀叛の者国に充満し、今年二月十一日合戦、其れより今五月のすゑ、いまだ世間安穏ならず。而れども一の幼子あり。あずくべき父もたのもしからず。離別すでに久し。かたがた筆も及ばず、心弁へがたければとゞめ了んぬ


【通解】

相州の鎌倉より北国の佐渡島まで一千余里の道程です。道中は山や海が行く手を遮っております。そのうえ、山は高くそびえ立ち、海には波が渦巻き、天候は不順です。また、道中は山賊や海賊が充満しております。宿場ごとに泊まりを重ねなければなりませんが、宿場の人々の心は虎や犬のように荒々しく、地獄界・餓鬼界・畜生界の三悪道の苦しみを現世の身の上に受けているかの如くです。
世の中も、昨年より謀反の者たちが国中に充満する乱世であり、今年の二月騒動の影響もあり社会は安穏ではありません。
さらにその上貴女には一人の幼い子供がいます。父親に預けようと思っても、頼りない上に別れてから長いこともあり預けることも出来ません。これらのことを考え合わせ、この度の佐渡来訪を思うと、筆にすることも心で推し量ることもかなわないほどですから筆をおきます。


■鎌倉から佐渡への道 《『種々御振舞御書』・『寺泊御書』から》

大聖人は十月十日に依智(厚木)を出発され、久米川(東村山市)に宿泊され、三国街道を通られて十月二十一日に越後寺泊に到着されました。寺泊で風待ちをして十月二十八日佐渡に到着。さらに三日後の十一月一日に塚原に入られております。 四百五十一キロメートル (関越自動車道)


■方便品

「若し法を聞く者有らば一(ひとり)として成仏せざること無し」


■『寿量品談義』

文の意は、四十里の中に説法有るに、往いて之を聞かずんば、意に願ふ事一切叶ふべからざるなり。若し爾らば来りて聴聞する功徳如何。答ふ三国伝一四十九に云く、維摩長者と曰ふ人あり、歳八十有余にして始めて仏が説法の砌りへ参る。道間其の家より四十里歩なり。仏に申して曰く、法を聞くが為に四十里歩参る其の功徳何量ぞや。仏即ち答へ玉ふ、汝が歩む足の土を取りて塵となし其の塵の数に随つて一塵に一劫づゝの罪を滅し、亦寿の長きこと此の塵の員(かず)と同じからん。又世々に仏に値ひ奉ること此の塵に同じく無量無辺ならん。又因縁経に云く、法を聞くが為に一歩すれば万億生死の罪を滅す已上。然れば歩を運びて聞くと聞かざると罪福既に雲泥なり。(歴代法主全書第四巻一三九頁)

法を説かれるのは日蓮大聖人様。その日蓮大聖人様のもとに足を運ぶことが聴聞の修行になる。故に、
「急いで参詣をしなさい」 (御書・一五六九頁)
と、南条時光を通して登山参詣を進められ、

「度々の参詣には過去世の罪障を消滅する功徳があります」 (御書・一五〇二頁)
と、四條金吾を通して登山参詣の功徳を教えられるのです。

立冬を迎えインフルエンザの流行も心配される昨今です。ご信心第一に乗り切って行きましょう。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺