日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成22年1月10日 御報恩御講拝読御書

兵衛志殿御返事

兵衛志殿御返事 (平成新編御書一一八四頁)
建治三年一一月二〇日  五六歳

兵衛志殿御返事 (御書一一八四頁)

過去遠々劫より法華経を信ぜしかども、仏にならぬ事これなり。しをのひるとみつと、月の出づるといると、夏と秋と、冬と春とのさかひには必ず相違する事あり。凡夫の仏になる又かくのごとし。必ず三障四魔と申す障りいできたれば、賢者はよろこび、愚者は退くこれなり。


【現代語訳】

遠い過去から法華経の信仰をしていたとしても、成仏が叶わなかったのは(世間に諂って退転したから)です。海水の満潮や干潮、また月の出入、あるいは夏と秋、さらには冬と春などの境目には、それまでと違った現象が起こります。凡夫が成仏するのですからこれと同じようなことが起こるのは当たり前のことです。その様な時には、必ず三障四魔という障害が現れます。この時に賢者は歓び愚者は退転します。成仏と不成仏の境目となるものです。


池上兄弟

 鎌倉幕府の作事奉行であった池上左衛門大夫康光(いけがみさえもんのたゆうやすみつ)が父。長子を池上右衛門大夫宗仲(いけがみえもんのたゆうむねなか)といい、次子を池上兵衛志宗長(いけがみひょうえのさかんむねなが)といいます。

 父の康光は、執権である北条家の外護を受け一般の人々からも熱烈な信仰を集めていた極楽寺良観(忍性)に帰依し、強烈な真言律宗の徒でした。作事奉行という職は、道路を作ったり橋を架けたり、公的な建物を造ったりする役所の長で、建設大臣、今は国交大臣といいますがその様な役目でした。また、左衛門大夫と名乗っていることから、鎌倉幕府でも地位の高い武士であったことがわかります。

 兄弟は建長八年頃に入信したと伝えられているように、四條金吾・富木常忍等とともに早々からの信仰で信徒の中心的な立場でした。

 父親の康光は前述のように真言律宗の僧侶である極楽寺良観の信仰を熱心にしておりました。ところが、日蓮大聖人はこの良観をはじめてとする当時の邪宗僧侶に対して、「念仏の教では永遠に地獄の苦しみに堕ち、真言の教えでは国が滅亡することになり、禅の教えでは仏法を破ることになり、律の教えでは国に損害を与えたり破壊することになる」という四箇の格言を掲げて折伏をされておりましたので、幕府は日蓮大聖人に、宗教界を混乱させひいては社会を乱す者である、といういわれもないレッテルを貼り、大聖人に対して、伊豆へ流罪にしたり、安房の小松原では地頭の東条景信の軍勢に襲わせて命を奪おうとしたり、竜の口では斬首にしようとして果たせないと佐渡の島に流罪とするなど、数々の策謀を廻らしました。この事実から、当時の幕府や念仏真言等の誤った宗派の僧侶たちが、日蓮大聖人が一介の法華経を説く僧侶ではなく、真実の教えを説く僧侶であり、このままでは何れ自分たちの身が脅かされる、という思いに駆られ、日蓮大聖人を恐れていた証拠であるといえます。同じように次元は違えども池上兄弟の父親も南無妙法蓮華経と唱える二人の息子の正しい意見に恐れを抱いておりました。そこで、兄弟の中でもより純真で強信な兄宗仲を建治元年(一二七五年)と建治三年(一二七七年)の二回にわたって勘当し、信仰の弱いと見られていた弟との仲を裂き両名共に日蓮大聖人の信仰から退転するように仕向けたのです。

 しかし、池上兄弟は日蓮大聖人の御教導の下、二回の勘当にも怯むことなく南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経と唱へ続け、兄弟やその妻と力を合わせて、ついに父親の康光を入信に導きました。封建時代にあって、最も難しいと思われる父親への折伏が実ったのですから、その確信と実践は信心の鏡であるといえます。

 日蓮大聖人が弘安五年九月八日に身延を出発され、池上宗仲の舘に入られたのが九月十八日でした。それより十月十三日の御入滅までの約三週間にわたって身を留められ、弟子檀那に対しては『立正安国論』の御講義をされました。また、十月八日には『産湯相承事』を日興上人に相伝され、六老僧を定められております。さらに、十日には『御本尊七箇之相承』・『教化弘経七箇口伝大事』を同じく日興上人に相伝され、翌十一日には『法華本門宗血脈相承事』を、そして、御入滅の十三日には『身延山付嘱書』を日興上人が賜っておりますことからも明らかなように、日蓮大聖人の仏法の一切を二祖日興上人にお譲りになる手続きを池上宗仲の舘で執り行われたことからも、その当時の池上兄弟の信心を知ることができます。駿河や富士、また甲州等にも強信な信徒は大勢おりましたが、鎌倉時代の中心地はやはり関東であり、その中でも武州池上は信徒が集まりやすい所であったといいう地理的な面を差し引いても、兄弟とその妻たちが力を合わせ、勘当という大きな難にも負けずに法華経の信仰を貫いたことは誠に素晴らしいものです。

 但し残念なことは、日興上人が第二祖として身延に入られた後には、日蓮大聖人の仏法の本筋を見失い、本門戒壇の大御本尊と唯授一人の血脈から離れてしまったことで、その誤った信仰のまま、今日まで池上本門寺が継承されていることです。

 またこのことは、池上兄弟や四條金吾、富木常忍等の信徒ばかりでなく、日蓮大聖人の弟子として直接お仕えした六老僧のうち、日興上人を除く日昭・日朗・日向・日頂・日持の五人にもあてはまることです。日朗は佐渡流罪の時には土の牢に入れられ、四條金吾は領地を没収されるばかりか出仕停止の処置を受けるなど、日蓮大聖人の信仰をしているというだけで法難に遭いました。その他の人々も何らかの法難を受けながらも、退転なく信仰を持続したのでありますが、日蓮大聖人の滅後、信心の筋目を外してしまったことは誠に残念であり惜しいことであります。私たちは、これを他山の石としなくてはなりません。

 正信を貫くことが如何に難しいことであるかを心に留め、難に怯むことなく前進する大切さ、そして、その信仰を何時いかなる時にも持続して日蓮大聖人・本門戒壇の大御本尊から離れない信仰を確立することの大切さを学ぶことが当抄を拝読する意義です。


三障四魔(さんしょうしま)

三障とは仏道修行を妨げる三種類の障りのこと。これによって善根を害されて成仏の仏果を得られなくなる。煩悩障・業障・報障の三種をいう。四魔は仏道修行に励む者の肉体的な命(身命)と覚りに向かって修行を積む上で必要不可欠な智慧の命(慧命)を奪う魔で、五陰魔(ごおんま)・煩悩魔(ぼんのうま)・死魔(しま)・天子魔(てんじま)の四種をいう。

三障
@煩悩障 貪瞋癡の三毒から起こる障り
A業障 五逆罪や十悪等の業によって起こる障り
B報障 悪道の苦しみの報いから起こる障り

四魔
@五陰魔 私たちの肉体と精神が、色陰・受陰・想陰・行陰・識陰の五つから構成されているとする仏教の観点からの教えで、これらの調和を乱し修行を妨害する魔をいう。
A煩悩魔(欲魔)煩悩障と同じく、貪瞋癡の三毒等から起こる煩悩が強くなり修行者の智慧を奪う魔をいう。
B死魔 文字通り、修行者の命を奪うことにより修行を中断させる魔のこと。
C天子魔 第六天の魔王ともいい、欲界の第六天である化他自在天に住する魔のことで、あらゆる姿形を持って仏道修行を妨げようとする魔。


『兄弟抄』
三障と申すは煩悩障・業障・報障なり。煩悩障と申すは貪・瞋・癡等によりて障碍出来すべし。業障と申すは妻子等によりて障碍出来すべし。報障と申すは国主・父母等によりて障碍出来すべし。又四魔の中に天子魔と申すも是くの如し。今日本国に我も止観を得たり、我も止観を得たりと云ふ人々、誰か三障四魔競へる人あるや。(九八六頁)
『開目抄』
日本国に此をしれる者、但日蓮一人なり。これを一言も申し出だすならば父母・兄弟・師匠に国主の王難必ず来たるべし。いわずば慈悲なきににたりと思惟するに、法華経・涅槃経等に此の二辺を合はせ見るに、いわずば今生は事なくとも、後生は必ず無間地獄に堕つべし。いうならば三障四魔必ず競ひ起こるべしとしりぬ (五三八頁)
天台大師の『摩訶止観』第五には「行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競ひ起こる」と説かれている。


三障四魔についての日如上人の御指南 平成二十一年三月 広布唱題会の砌

 大聖人は『兄弟抄』に、
設ひいかなるわづらはしき事ありとも夢になして、只法華経の事のみさはぐらせ給ふべし」(御書987頁)
と仰せであります。

 末法濁悪の世に在って、三障四魔、紛然として競い起きるなか、正しい信心を貫きとおしていこうとすると、様々な困難に遭遇します。

 一般世間におきましても「好事、魔多し」と言われるように、好い事には往々にして邪魔が入り、ときには思いもよらぬ困難が襲ってくることもたびたびあります。しかし、「艱難、汝を玉にす」という言葉がありますように、人は多くの艱難を乗り越えてこそ、立派な人物になるのであります。

 先程の『兄弟抄』のなかには、
此の法門を申すには必ず魔出来すべし。魔競はずば正法と知るべからず。第五の巻に云はく『行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競ひ起こる、乃至随ふべからず畏るべからず。之に随へば将に人をして悪道に向かはしむ、之を畏れば正法を修することを妨ぐ』等云云。此の釈は日蓮が身に当たるのみならず、門家の明鏡なり。謹んで習ひ伝へて未来の資糧とせよ」(御書986頁)
と仰せであります。この御文のなかの「此の釈は日蓮が身に当たるのみならず、門家の明鏡なり。謹んで習ひ伝へて未来の資糧とせよ」との御教示を、我々はよくよく拝すべきであります。

 特に本年「正義顕揚の年」は、先程申し上げましたように記念大法要、七万五千名大結集総会、記念総登山等、宗門未曽有の記念事業が執り行われます。また「全支部折伏誓願達成」の御命題もあります。こうした時には内外ともに必ず三障四魔をはじめ、あらゆる困難が我々の行く手を阻みます。

 例えば、己れ自身の欲望に負けて信心がおろそかになったり、あるいは感情に囚われて瞋りを露わにしたり、あるいは物事の道理が解らなくなり、正しい信心が妨げられることであります。あるいは、妻子や身近な人が信心を妨げる場合もあります。あるいは国家や権力者、上司、あるいは父母等によって信心が妨げられることもあります。

 とかく自分より力のある者、あるいは尊敬しなければならない人から信心を反対されると、強盛だったはずの信心が揺るぎがちになることもあります。よって、このような障魔が競い起きたときこそ、大難四カ度、小難数を知れず、あらゆる難を身をもって乗りきられた大聖人の御一代の御化導を拝し、我らもまた、いかなる困難・障礙にも負けず、強盛に信心を貫きとおす覚悟を一人ひとりがしっかりと持つことが肝要であります。

 すなわち、三障四魔をはじめ様々な諸難が襲ってきたときこそ、信心が試されているのであります。障魔に打ち勝って一生成仏へ向かうか、あるいは障魔に負けて悪道に堕ちるかの大事な岐路に立たされているのであります。

 法華経の提婆達多品には、
未来世の中に、若し善男子、善女人有って、妙法華経の提婆達多品を聞いて、浄心に信敬して、疑惑を生ぜざらん者は、地獄、餓鬼、畜生に堕ちずして、十方の仏前に生ぜん」(法華経361頁)
とあります。

 私達はいかなる障魔に出逢うとも、ただ大御本尊様への絶対信を持って、疑念なく、浄心に信敬して、強盛なる自行化他の信心に励んでいくならば、御金言の如く、いかなる困難も、立ちはだかる障礙も必ず乗りきっていくことができるのです。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺