日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成22年4月28日 立宗会拝読御書

開目抄

開目抄 (平成新編御書五三八頁)
文永九年二月  五一歳

開目抄 (御書五三八頁)

これを一言も申し出だすならば父母・兄弟・師匠に国主の王難必ず来たるべし。いわずば慈悲なきににたりと思惟するに、法華経・涅槃経等に此の二辺を合はせ見るに、いわずば今生は事なくとも、後生は必ず無間地獄に堕つべし。いうならば三障四魔必ず競ひ起こるべしとしりぬ。二辺の中にはいうべし (五三八頁)


【通解】

南無妙法蓮華経と一言でも言ったならば、父母・兄弟・師匠に対して、国主からの「王難」が必ず起こっることが分かっておりました。反対に、言わなければ慈悲に欠けることになり、言うが良いか言わぬが良いか、何度も何度も思い返しました。法華経や涅槃経等に説かれることに、言うべきか言わぬべきか、との二通りをあてはめて見たところ、言わなければ今生は平穏に過ごすことが出来るが、来世では無間地獄に堕ち、苦しまなければならないことが説かれていました。また、言ったならば今生において三障四魔が必ず競い起こることを知りました。どちらにするかを考えたときに、三障四魔が起こることは仏に成ることが叶うのでありますから、言うべきである、と強く心を定めました。


【語句の意味】

○王難 国王・国主や国家権力によってなされる難。大聖人様には、弘長元年(一二六一年)五月十二日伊豆配流、文永八年九月十二日竜の口法難、同佐渡配流の難がこれにあたる。
○法華経 仏の滅度の後の恐怖悪世の中に於て 我等当に広く説くべし 諸の無智の人の悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者有らん我等皆当に忍ぶべし(勧持品十三)
○涅槃経 涅槃経に云はく「若し善比丘あって法を壊る者を見て、置いて呵責し駈遣し挙処せずんば、当に知るべし、是の人は仏法の中の怨なり。若し能く駈遣し呵責し挙処せば、是我が弟子、真の声聞なり」云云。此の文の中に見壊法者の見と、置不呵責の置とを、能く能く心腑に染むべきなり。法華経の敵を見ながら置いてせめずんば、師檀ともに無間地獄は疑ひなかるべし。(『曽谷殿御返事』 御書一〇三九頁)
○三障四魔 三障四魔とは、仏道修行を妨げる三種の障害と四種の魔のことをいいます。

三障
@煩悩障:貪・瞋・癡などの煩悩により起こる障り。
A業障:五逆・十悪などの業により起こる障りや親族などによる起こる障り。
B報障:過去の悪業の報いにより起こる障りや国王・父母などによる起こる障り。

四魔
@煩悩魔:三惑などの煩悩をもって心身を悩ます魔。
A陰魔:五陰(色・受・想・行・識)により仏道に障害を起こす魔。
B死魔:修行者自身の死による修行の中断や、修行者の死によって他の者に疑いを起こさせる働き。
C天子魔:他の者の仏道を成就することを妨害して精気を奪い、それを楽しみとする他化自在天、すなわち第六天の魔王による妨げをいう。


【講義】

 日蓮大聖人様は十二歳で清澄のお寺に入られ、十六歳の時に得度され、三十二歳の春まで比叡山や高野山、京都・奈良等で修学に励まれ、建長五年四月二十八日に「南無妙法蓮華経」とはじめて唱へ出されました。この時の御心境を述べられた『開目抄』の一説です。

 大聖人様は、南無妙法蓮華経の教えを皆に説くべきか否か、と逡巡されたことを仰せになります。折伏をすれば難に値うこと、また折伏をしなければ来世に無間地獄に堕ちて苦しみを受けなければならないこと、が法華経や涅槃経に説かれている故に、折伏の修行を撰んだ、と仰せなのです。

 折伏の反対は摂受(しょうじゅ)です。摂受とは、相手の誤りを積極的に指摘し改めさせようとしないで、ゆるやかに導くという弘教の方法。これについては、「末法は折伏の時」と大聖人様は仰せられ、「末法の時に、摂受の修行では成仏が叶わない」と御教示をされております。大聖人様御在世の時に、「師匠の日蓮大聖人様はあまりにも強い言葉で破折をされるので、折伏を受けた人が恐れて逃げてしまう。もう少しゆるやかに話をした方がよい」という心得違いの弟子もおりました。これに対して、『如説修行抄』において、

「権実雑乱の時、法華経の御敵を責めずして山林に閉ぢ篭りて摂受の修行をせんは、豈法華経修行の時を失ふべき物怪にあらずや」 (御書六七三頁)

と仰せになられます。末法において真実の教えが覆い隠されようとしているときに、山林に籠もって摂受の修行をするようなことでは成仏の時機(チャンス)を失うけしからぬことである、という意です。私たちの立場にあてはめてみれば、勤行唱題をし、御書を拝読しお寺にも総本山にもお参りをしているが、折伏を自らの成仏の修行と捉えることができない姿は「時を失ふ」信心です。勿体ないことですね。

 大聖人様は、南無妙法蓮華経と唱えて折伏をすることによって、三障四魔が競い起こるが、敢えてその道を選ばれた理由として、

○現世での苦しみは限定的なもの。
●来世の苦しみは無間の苦しみ。

を挙げられております。

 折伏か摂受か、この二辺のうちどちらがよいか。目の前の幸せを取るか、今は苦しくても将来の楽しみを撰ぶか。美味しそうなごちそうが山のように盛られている食卓で、お腹いっぱい食べ、一瞬の満腹感に幸福を感じたのはよいが、しばらく後に食べ過ぎでお腹を壊し、何倍もの苦しみを味わう経験は皆少なからずあると思います。

 このような短い時間の出来事、一日とか数時間の単位で考えると、食べるべきか我慢するべきかを知ることはそんなに難しいことではありません。しかし、私たちの一生、七〇年とか八〇年の人生において、いま為すべきこと、してはならないこと、それを明確に知ることは難しいことです。あのようにして良かった、と少しでも思えるのであればそれは幸せなことですが、多くの場合、あのときにこうすれば良かった、と思うことの方が強いのではないでしょうか。

 来し方を振り返り、「私の人生って損をしているわ」と感じることが多い人は、目先のことに囚われて、目に見えることしか信じられずに、自らの狭い料簡のみを頼りにしている結果であるといえます。

 そこで、「損をしているわ」という人生を繰り返さないためにはどうすればよいのか、それを思惟することが大事なのです。諦めてはならないのです。必ず道は開ける、苦しみばかりではない、苦しみの先には大いなる楽しみがある、と大聖人様が教えて下さり、大聖人様自らがお手本となって、私たちのために道を開いて下さいました。そのことを強く信じ、ひたすら守っているのが日蓮正宗富士大石寺の信心です。

 ですから、当『開目抄』の一節も、日蓮大聖人様でさえ立宗宣言をされるときには、言うべきか言わぬべきかとの逡巡されたのである。言えば、父母や兄弟、また師匠にまで累が及ぶことが明かな中で、言うべきである、と立ち上がられた、一時は苦しいが、未来にには必ず大きな功徳となる結果を示すお手本を御自らの上に顕されていると拝するのが私たちの信仰です。

 事実、伊豆配流・小松原法難・竜の口・佐渡配流と大きな難に四回遭遇されはしましたが、しかも何れの難も命を亡くしても不思議ではないものでした。ところが、命を落とすどころか、鎌倉幕府から「日蓮大聖人は不思議なお力を持たれた方である。この方の命を奪ってはならない」と言われるような結果になり、さらには、「蒙古の来襲はいつ頃になるでしょうか」と国の在り方に対する御指南を仰ぐほどでした。また、「お寺を寄進しますから、幕府に力をおかし下さい」とまで言われるようになりました。

 このような幕府の態度ではありましたが、「日蓮の信仰をしないのであればそれは用いない」という、折伏の御精神から、度重なる懇願を退け、令法久住を期される上から、日興上人深縁の地である甲州・身延に入山されました。そこで、末法万年の衆生のために、大御本尊様を御建立下さり、一切衆生の成仏の道を示して下さったのであります。つまり、日蓮大聖人様が末法の仏様であることを姿形の上からお示しになった、ということです。 一切衆生成仏の道を開いて下さった、ということを、恐れ多いことですが大聖人様のお立場から拝しますと、建長五年四月二十八日に、三障四魔を恐れずに、南無妙法蓮華経と唱へはじめ、途中での退転亡く折伏の修行に励んだ故に、末法の仏様という功徳の現証を示すことが叶った、と拝することが出来るのです。

 したがって、大聖人様が私たちの成仏のお手本を示して下さっているのであるから、その大聖人様の仰せのままに信心修行に励むことによって、私たちも大きな功徳を受けることが叶う、という筋道が明らかになるのです。

 日蓮正宗は七百六十七年前に大聖人様が御建立下さった「独一本門の南無妙法蓮華経」を平成の今日も正しく唱えています。日興上人が受け継がれ、日目上人に伝えられた日蓮大聖人様のお心を、代々の御法主上人が一器の水を一器に移すが如くして私たちに示して下さっております。南条時光や熱原の法華講衆。また名前こそ歴史の中に埋もれてはいますが、代々の御法主上人のもとで南無妙法蓮華経と唱えて折伏行に励んだ先達の信心修行の中に私たちも身を置くことが叶っております。この富士大石寺の清流を汚すことなく、絶やすことなく次の代に伝えてゆく役目も私たちにあります。

 佛乗寺のハナミズキも綺麗に咲き良い季節を迎えました。御参詣の皆様には本日の立宗会を機に、愚痴を言わずに、嫉妬の心を調伏し、悪口を戒め、慈悲の心を強く自覚し、周囲の人々を導く折伏精進にさらに励み、成仏の境界をより強固に築いてまいろうではありませんか。ご精進・ご精進。

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