日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成22年7月4日 広布唱題会

文底秘沈抄

文底秘沈抄

文底秘沈抄

夫れ本尊とは所縁の境なり、境能く智を発し、智亦行を導く、故に境若し正しからざる則んば智行も亦随って正しからず。妙楽大師謂えること有り、仮使発心真実ならざる者も正境に縁すれば功徳猶多し、若し正境に非ざれば縦い妄偽なけれども亦種と成らず等云々。故に須く本尊を簡んで以って信行を励むべし、若し諸宗諸門の本尊は処々の文に散在せり、並びに是れ熟脱の本尊にして末法下種の本尊に非ず。


 日寛上人が御本尊様への絶対の確信を持つように、と教えて下さる『文底秘沈抄』の一節です。ここで「境」と「智」の二法が示されております。境は私たち凡夫の認識の対象としてあるもので、仏法では仏様が真理を顕されたもののことを意味します。これは、客観的な面と言えます。智は、その真理を認識する智慧のことで、主観的な面と言えます。ただし、認識するといっても、末法の荒凡夫では、自らが主体的に認識をすることは不可能ですから、縁が大切になります。また、縁があっても、信ずることがなければ、折角の縁も無きものに等しいといえます。

 日蓮大聖人様は、南無妙法蓮華経の御本尊様を顕され、唯一絶対の対境を示されました。この御本尊様が、私たち法華講衆にとって「所縁の境」であると日寛上人は御指南下さっております。日寛上人は、私たち凡夫が認識の対象とする先、手を合わせる的は、富士大石寺に御安置の、本門戒壇の大御本尊様を随一として、代々の御法主上人が御書写下さった御本尊様である、と示されるのです。

 さらに、この御本尊様が絶対である、と強く信じることにより、正しい修行の姿となって顕われてくることを「智亦行を導く」というお言葉で御指南です。即ち、正境である御本尊様を信じることによって、唱題の行が深まり、総本山への恋慕渇仰の心が起こり、さらに、周囲の人々に自らの信じる教えを伝えようという慈悲が湧き出てくるのです。曲がった心であっても、「正境に縁すれば功徳猶多し」との如く功徳を受けられるのですから、正直で素直な信心修行の功徳が、如何に大きいかを知ることができます。

 反対に、諸宗派、諸門流で立てている本尊は、すべて熟益や脱益のための本尊であり、下種の本尊でありませんから、いくら正直に修行をしても、成仏の功徳は受けられない、と明確に破折をされております。

 私たちは、幸いにも「正境」に縁をして、しかも正直に素直に南無妙法蓮華経と修行に励んでおります。大きな功徳を受ける修行であることは御文の如くです。

 『立正安国論』が顕された七月を迎えました。上半期の闘いは如何であったか、自己満足だけの闘いではなかったか、自行化他の闘いが出来たか等々を省みて、後半の闘いを積極的に進めてまいろうではありませんか。暑い中ではありますが、御法主日如上人の御指南のままに、折伏の修行に精進を致しましょう。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺