日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成23年3月13日 日蓮大聖人御報恩御講拝読御書

持妙法華問答抄

持妙法華問答抄 (平成新編御書三〇〇頁)
弘長三年  四二歳

持妙法華問答抄 (御書三〇〇頁)

三界は安きこと無し、猶火宅の如し」とは如来の教へ「所以に諸法は幻の如く化の如し」とは菩薩の詞なり。寂光の都ならずば、何くも皆苦なるべし。本覚の栖を離れて何事か楽しみなるべき。願はくば「現世安穏後生善処」の妙法を持つのみこそ、只今生の名聞後世の弄引なるべけれ。須く心を一つにして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧めんのみこそ今生人界の思出なるべき。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。 


【語句の意味】

○三界=欲界・色界・無色界の三種の世界。私たち凡夫が、地獄界から人界までの六種の境界を生死生死を繰り返す中の住所・境界、すなわち現実の世界を三種類に分けたもの。
@欲界は、あらゆる欲望に支配された命を表す。
A色界は、目に見えるもの、すなわち物質だけの世界で、欲望の苦しみは克服することが 出来ているが、物質という制約に支配されている命。
B無色界は、欲望と物質に支配された命から離れた、純粋な命。
○如来=仏のこと。仏には十号といって十種の呼び方がある。如来・応供(おうぐ)・等正覚(とうしょうがく)・明行足(みょうぎょうそく)・善逝(ぜんぜい)・世間解(せけんげ)・無上士(むじょうし)・調御丈夫(じょうごじょうぶ)・天人師(てんにんし)・仏(ぶつ)・世尊(せそん)
○「三界は安きこと無し、猶火宅の如し」=法華経譬喩品第三の文。意は、私たちが住しているこの現実世界は、安穏な所ではなく火に焼かれる家の中にいるようなものである、ということ。
○「所以に諸法は幻の如く化の如し」=大智度論を引用されたもので意は、現実世界の出来事は実体のない幻のようなものである、ということ。
○寂光=常寂光土のこと。天台大師が説いた四種の国土の一つ。御本仏が住される国土のこと。法華経では娑婆世界が寂光土である、と説き明かされる。
○本覚=本仏の覚りのこと。
○「現世安穏・後生善処」=法華経譬喩品第五の文。現世は安穏にして後に善処に生ず、と読む。意は、法華経の修行をすることにより、現世では安穏な日々を過ごすことが叶い、来世には善きところに生まれあわせることができる、といこと。
○弄引=手引きのこと。


【通解】

法華経の譬喩品には、私たちの住む世界は安らかなところではなく、火に焼かれた家の中のようなものである、と説かれております。また大智度論には、現実世界の出来事は実体のない幻のようなものである、とあります。仏様の住される国土である寂光の都を離れてはどこも苦しみの国土です。仏様のお覚りである妙法の教えを離れては何の楽しみもありません。ゆえに願うことは、法華経の譬喩品第五の、諸の衆生は法華経を聞き終わった後には、現世は安穏になり、来世は善きところに生まれる、との妙法の教えを持つことが大切です。このことが今生の名誉です。また来世での成仏の手引きとなるのです。すべきことは、心を一つにして南無妙法蓮華経と自ら唱えるばかりではなく、周囲の人々にも南無妙法蓮華経と勧めることです。これこそ人間として生まれてきた最高の思い出となります。


※三界は安きこと無し、猶火宅の如し
【三車火宅の譬え】
長者の家が火事になった時、中にいる子供たちは遊びに夢中で火事に気づかず、外に出ようとしない。そこで長者は、子供たちのほしがっていた羊車・鹿車・牛車の三車を門外に用意したといって子供たちを救い出し、その後にもっと立派な大白牛車を与えた。
長者は仏、火宅(火事の家)は三界、子供たちは一切衆生に譬えられ、羊車・鹿車・牛車の三車は声聞・縁覚・菩薩の三乗の教え、大白牛車は法華真実の教えを譬えている。


※念仏宗や真言宗などの仏教各派、また天理教などの新興宗教に対して
【五重相対】
@内外相対(ないげそうたい)内道と外道の比較相対。内道とは仏教のことで、過去世・現在世・未来世の三世にわたる原因結果の理を説くので仏教が勝れ、仏教以外の教(外道)は因果の理法を説かないので劣る。
A大小相対(だいしょうそうたい)大乗教と小乗教の比較相対。大乗教は自他ともに救うので勝れ、小乗教は他の衆生を救うことができないので劣る。
B権実相対(ごんじつそうたい)権教と実教の比較相対。実教とは法華経のことで、諸法実相を説いて一切の衆生が成仏することを明かし、仏の久遠における成道を説くので勝れ、権教である爾前の諸経は二乗(声聞界と縁覚界)の成仏を説かず、仏の始成正覚の域を出ないので劣る。
C本迹相対(ほんじゃくそうたい)法華経の本門と迹門の比較相対。本門は仏の久遠の成道を説き明かすので勝れ、迹門は始成正覚の仮の姿で説かれた法なので劣る。
D種脱相対(しゅだつそうたい)文底下種の仏法と文上脱益(もんじょうだっちゃく)の仏法の比較相対。文底下種の仏法は、成仏の根源となる下種の本法を久遠元初の本仏によって顕わされるので勝れ、文上脱益の仏法は、久遠五百塵点劫の垂迹の仏の法なので劣る。

【五時】
五時とは、華厳時、阿含時、方等時、般若時、法華涅槃時をいう。
@華 厳 時 釈尊が衆生の機根を知るため、試みに高度な教えである華厳経を説いた二十一日間。
A阿 含 時 衆生を仏法に誘引するため、鹿野苑で阿含経を説いた十二年間。(小乗教・律宗)
B方 等 時 小乗に執着する衆生を弾呵するため、阿弥陀経・維摩経などの権大乗経を説いた十六年間。(禅宗・念仏宗・真言宗)
C般 若 時 衆生の機根を淘汰するため、霊鷲山・白露池など四処十六会で般若経を説いた十四年間。(三論宗))
@法華涅槃時 一切衆生を成仏させるため、釈尊の出世の本懐である法華経を説いた八年間と、法華経余残の機を救うために涅槃経を説いた一日一夜。

※身延派を含む日蓮宗各派および、立正佼成会や創価学会などの新興宗教。
『日興遺誡置文』
「一、富士の立義聊も先師の御弘通に違せざる事」 (新編御書・一八八三頁)
(意味・富士大石寺の教えは、日蓮大聖人が末法の御本仏として出現され、末法の衆生を救済されるために弘められたことに違背していないことをこの後に記します)
大聖人様から「血脈の次第 日蓮・日興」と御付嘱をお受けになった日興上人が、後々のために記された『日興遺誡置文』の冒頭にある御文です。
日蓮正宗が何故に正しいか、それは、
一、日蓮大聖人様が末法の衆生のために弘安二年十月十二日に御建立下さった、弘安二年十月十二日の「本  門戒壇の大御本尊様」を唯一絶対の御本尊様として信心を貫いていること。
一、日蓮大聖人様より唯授一人の血脈を御所時遊ばされる日興上人以来の御法主上人の元で、日蓮大聖人様  の教えを、七百五十年の間寸分も違わずに守り通していること。
この二点を教えてあげることが正法に導く上から大切な点です。

○この「三車火宅の譬え」は、私たちに、物事に常住不変のものはない、必ず移り変わるのであり、自己の狭い考えに執われて、現在の環境に安住していたならば、将来悔いることになる、と教えて下さるものです。頭では分かっていてもその場にならなければ行動にうつすことが出来ないのが凡夫です。
この度の地震は、私たちの日常がいかに儚いものであるかをあらためて思い知らされました。犠牲になった方々の冥福を祈るばかりです。さらに、日蓮大聖人様の信仰をしている私たちにとってできることは何か、これを思い実践することこそ真実の冥福を祈る行動になることを強く信じます。
仏様の眼でご覧になれば、何不自由なく暮らしているようであっても、実は燃えさかる家の中で、何も気づかずに遊んでいる子供のようなものであり、そこから救い出すために種々の教えを説かれたこと知らねばなりません。
いまこそ、火宅に遊ぶ人々を救い出し、真実の安穏を教える時です。この時を逸しては次の機会は永遠に巡ってこないといえます。修行の時である、と捉え、お題目を唱へ、犠牲になった方々のことを思い、正法広布に精進をいたしましょう。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺