日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成23年5月1日 広布唱題会

四条金吾殿御返事

四条金吾殿御返事 (御書 一五〇二頁)
弘安元年 五七歳

四条金吾殿御返事 (御書一五〇二頁)

我が身法華経の行者ならば、霊山の教主釈迦、宝浄世界の多宝如来、十方分身の諸仏、本化の大士、迹化の大菩薩、梵・釈・竜神・十羅刹女も、定めて此の砌におはしますらん。水あれば魚すむ、林あれば鳥来る、蓬莱山には玉多く、摩黎山には栴檀生ず。麗水の山には金あり。今此の所も此くの如し。仏菩薩の住み給ふ功徳聚の砌なり。多くの月日を送り、読誦し奉る所の法華経の功徳は虚空にも余りぬべし。然るを毎年度々の御参詣には、無始の罪障も定めて今生一世に消滅すべきか。弥はげむべし、はげむべし。


 私たち日蓮正宗の信仰は、勤行唱題や折伏と共に、総本山の奉安堂に御安置される大御本尊様に、御開扉を受けさせて頂くことが大切なな修行である、といわれる所以がこの御文から明らかです。
 すなわち、当抄で、日蓮大聖人様のおわします所が「功徳聚の砌」であり、そこに参詣することによって「無始の罪障も定めて今生一世に消滅すべきか」と御教示下さるからです。
 「功徳聚」とは梵語の曼荼羅の訳で、御本尊様のことです。つまり、大聖人様はおわします所が御本尊様である、という意です。したがって、登山参詣をして御開扉を受けさせて頂くことは、勿体ないことですが大御本尊様に御魂を留めおかれた、御本仏日蓮大聖人様に抱きかかえて頂くことが叶う、ということです。
 過去の生死生死の繰り返しの中で、命の中に積もり積もった罪障も、この修行によって消滅するのですから、これほど有り難いことはありません。「弥はげむべし、はげむべし」との御教示を忘れないようにいたしましょう。
 大御本尊様への登山参詣を罪障消滅の修行と心得ているからこそ、海外の法華講員も、時間と旅費を惜しまずに登山参詣をされます。また、登山参詣の修行に大きな功徳のあることを実感するからこそ、多くの困難を克服して登山をされるのです。
 心身共に、大御本尊様を恋慕渇仰する信心が大きな功徳に繋がることを一人ひとりが銘記し、今月二十二日の支部総登山において、罪障消滅の修行に励み、その功徳を周囲の方々に分け与えることができるように精進をいたしましょう。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺