日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成23年10月1日 永代経

撰時抄

撰時抄 (平成新編御書八六六頁)
建治元年六月一〇日  五四歳

撰時抄(御書・六五三頁)

悦ばしきかなや、楽しきかなや、不肖の身として今度心田に仏種をうえたる


【通解】

 この度、愚かで取るに足りない我が心に、仏の種を植えたことは喜ばしいことであり楽しいことである。


○心田=心のことを田になぞらえていう言葉。田によき種を植えればよき苗となり成長してよき実を付ける。反対に悪しき種であれば悪しき苗となり実を付けることは叶わない。
ただし、よき種であってもよき実を付けるとは限らない。田を耕し、水を引いて肥料をやり、手をかけて美味しいお米が出来るように、衆生の心も、耕し、水や肥料を欠かしては仏の種があっても成仏には結びつかない。


曽谷殿御返事(御書・一〇四〇頁)

法華経は種の如く、仏はうへての如く、衆生は田の如くなり。若し此等の義をたがへさせ給はゞ日蓮も後生は助け申すまじく候


【通解】

 例えていえば、法華経は種の如くであり、仏は種を植える役目であり、衆生は田の如くです。この順序を違えるならば、いくら日蓮であってもあなたの来世を助けることは出来ません


○此の義をたがへさせ給はゞ=日蓮正宗の信仰からこの御文を拝するならば、「法華経は種の如く」は末法の御本仏日蓮大聖人様が教えて下さった、文底独一の法華経のことであり、この法華経、つまり南無妙法蓮華経の御本尊が仏に成ることの出来る種となります。

「仏はうへての如く」は宗祖日蓮大聖人様のことであり、大聖人様が私たちに種を植えてく下さったことです。

『観心本尊抄』には
「一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠を裹み、末代幼稚の頚に懸けさしめたまふ」
と仰せ下さっております。一念三千は申すまでもなく、御本尊様の御事です。五字は南無妙法蓮華経の五字七字のことです。末代幼稚とは私どものことです。ゆえに、何も知らない、仏法の道理に暗い者であっても、御本仏日蓮大聖人様が即身成仏の功徳がある南無妙法蓮華経の御本尊様を与えて導いて下さっていることを知らねばなりません。

 この筋道を間違えて、末法の仏が外にいる、とか自分の力さえあれば問題ない、という思いであっては、日蓮も助けることは出来ません、とのお言葉を忘れてはなりません。

 即ち、この筋道を違えなければ、必ず日蓮大聖人様が助けて下さる、という有り難いお言葉なのです。

 次の御文は、大切な意義があります。覚えている方も多いと思いますが、今一度心に深く刻み今日の私心とすべきかと拝します。


当体義抄(御書・六九四頁)

正直に方便を捨て但法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱ふる人は、煩悩・業・苦の三道、法身・般若・解脱の三徳と転じて、三観・三諦即一心に顕はれ、其の人の所住の処は常寂光土なり


【通解】

仏の仰せの通り、素直に法華経が説かれる以前の、方便の教えである念仏や真言や禅の教えを捨て、ただ一筋に法華経を信じて南無妙法蓮華經と唱える人は、煩悩・業・苦の三道を、法身・般若・解脱の三徳と転じることが出来ます。三観・三諦は一心に顕わてその人が住むところは仏の住まわれる所となります。


○正直=心が正しく真っ直ぐなことをいう。仏法では、仏の教えに素直に従う心をいう。
「法華経の人々は正直の法につき給ふ故に釈迦仏猶是をまぼり給ふ」(一五二五頁)
と四条金吾に与えられた御書にある。少しでも仏を疑ったり、愚痴をいったりする心の状態は、正直な心とはいえない。「疑う」はいうまでもないが、愚癡も「おろか」な心が表面に出たものであり、正直な信心から外れたものであることを思い、互いに誡めたいものである。

○方便=仮りの教え。仏法では法華経以前に説かれた一切の教えを指す。

○煩悩・業・苦の三道=貪る心や瞋の心を煩悩という。百八の煩悩がある、といわれるように、私たちの心には数限りない煩悩がある。その煩悩から起る、身体的行動や言葉に表れる事柄、また意識として持つことから善悪の行いを「業」という。煩悩や悪の行いの結果、として現れた苦しみ。

○法身・般若・解脱の三徳=法身は仏が悟られた真実・真理のこと。般若は真実・真理を悟る智慧のこと。解脱は、法身と般若が一つになり完全な悟りに達した状態。

○三観・三諦=三観とは、衆生が全ては空・仮・中の三諦であることを観じること。三諦は、全てを空仮中の三つの面からあらわしたもの。

○常寂光土=寿量品の説法から、私たちの住している娑婆世界が仏の世界であることが明かされた。したがって、正直な心で、一筋に南無妙法蓮華経と唱えるならば、この日本国が常寂光土である。同じように世界中が常寂光土となる。


※よき季節となりましたが、夏の疲れが出る頃ともいわれます。体調にご留意下さい。十月は日蓮大聖人様が滅不滅のお姿を示された意義ある月です。お互いに、ご信心第一に豊かな心を前面に出して明るく楽しくほがらかに日々を過ごしましょう。

文責編集部 転載複写等禁止



日蓮正宗向陽山佛乗寺