日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成23年10月2日 広布唱題会

当体義抄

当体義抄 (御書・六九四頁)
弘安三年七月一四日 五九歳

当体義抄(御書六九四頁)

正直に方便を捨て但法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱ふる人は、煩悩・業・苦の三道、法身・般若・解脱の三徳と転じて、三観・三諦即一心に顕はれ、其の人の所住の処は常寂光土なり


 御文の、「常寂光土」は娑婆世界であることはいうまでもありません。寿量品には、
「自従是来。我常在此。娑婆世界。説法教化」(是より来、我常に此の娑婆世界に在って、説法教化す)
とあるように、仏は常に此の娑婆世界にあって衆生を導いて下さっているのです。

さらに、自我偈には
「我此土安穏 天人常充満 園林諸堂閣 種種宝荘厳 宝樹多華菓 衆生所遊楽」
と説かれ、仏の国土は衆生が遊楽するところでもあります。しかし、
「而衆見焼尽 憂怖諸苦悩 如是悉充満 是諸罪衆生 以悪業因縁 過阿僧祇劫 不聞三宝名」
と示されるように、罪障のゆえに、悪業のゆえに、三宝の名を聞くことなく、仏の住まわれる此の娑婆世界を苦悩に満ちた世界であると感じているのです。

 したがって、「今私は安穏である」と思えるならば、日蓮大聖人様が教えて下さる末法の三宝を、正しく受持している証拠です。「苦しみの中にいる」ならば、過去世の罪障を目指し、当文を心腑に染めより一層励みましょう。

 罪障消滅の信行のポイントは、御法主上人が常に御指南下さるように、「正直」です。「正直」とは仏の教えに随う意です。自らの心を中心とした信行ではなく、仏の心を中心とするのが「正直」です。その「正直」な心で御本尊様を信じて「南無妙法蓮華経」と唱えることが根本です。「南無妙法蓮華経」とは自行化他に亘る「南無妙法蓮華経」でなければなりません。換言すれば、自らが唱えることは勿論、未だ日蓮正宗に縁なき謗法の人々に「南無妙法蓮華経」と勧める修行こそが日蓮大聖人が末法で教えて下さる「南無妙法蓮華経」なのです。これこそが
「正直に方便を捨て但御本尊を信じ南無妙法蓮華経と唱ふる人」
です。さすれば、「三観・三諦」は我が一心に具わり、仏の心を我が心と観じ、「常寂光土」に住することが叶います。

 意義ある十月、さらなるご精進を祈ります。 


※来月はお会式です。唱題会前の勤行はいたしません。ご自宅で、あるいは各自でお励み下さい。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺