日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成24年2月12日 日蓮大聖人御報恩御講・興師会拝読御書

原殿御返事

原殿御返事(日蓮正宗聖典・五五七頁)

○宗祖日蓮大聖人の御教えを正しく受け継がれたことが明らかになる日興上人のお振る舞い

原殿御返事 (日蓮正宗聖典・五五七頁)

今より已後安国論の如く聖人の御存知在世二十年の様に信じ進らせ候べしと、改心の御状をあそばして御影の御宝前に進らせさせ給へと申し候を御信用候らはぬ上、軽しめたりやと思し食し候いつらん。我は民部阿闍梨を師匠にしたる也と仰せの由承り候らいし間、さては法華経の御信心逆さまに成り候らいぬ。
 日蓮聖人の御法門は、三界の衆生の為には釈迦如来こそ初発心の本師にておわしまし候を捨てて阿弥陀仏を憑み奉るによって五逆罪の人となりて無間地獄に堕すべきなりと申す法門にて候はずや。何を以て聖人を信仰し進らせたりとは知るべく候。
 日興が波木井の上下の為には初発心の御師にて候事は、二代、三代の末は知らず、未だ上にも下にも誰か御忘れ候べきとこそ存じ候へ。
 身延の沢を罷りいで候こと面目なさ、本意なさ申し尽くし難く候へども、打ち還し案じ候へば、いづくにても聖人の御義を相継ぎ進らせて、世に立て候はん事こそ詮にて候らへ。さりともと思ひ奉るに、御弟子悉く師敵対せられ候らひぬ。日興一人本師の正義を存じて本懐を遂げ奉り候べき仁に相当て覚え候へば、本意忘るることなく候。又君達はいずれも正義を御存知候へば悦びいり候。殊更御渡り候へば入道殿不宜に落ちはてさせ給ひ候はじと覚え候

【通解】

(日興が波木井日円殿に)これよりは、立正安国論に説かれているように、大聖人が御在世の二十年と同じように、信仰をされますように、また過去の謗法を懺悔して、正しい信仰をする旨の誓いを大聖人の御宝前に奉呈しなさい、と申し上げました。ところが、私(日興)の言うことを聞かないばかりか、かえって軽蔑されたと誤解をしてしまいました。更に、日円殿が、私は民部阿闍梨日向を師匠にしたということを聞きました。そのようなことを申すようでは御信心が逆さまになってしまったと思わざるえません。

 日蓮大聖人の仏法は、一切衆生救済のためには釈迦如来が初発心の本師であるはずなのに、(念仏宗のように)我々に無縁の阿弥陀仏を信仰するのは、五逆罪をおかし無間地獄に堕ちる、と説かれるものです。信仰の筋道を立てることを教える大聖人の門下でありながら、それに迷っているようではどうして大聖人を信仰しているといえますでしょうか。

 日興があなたがた波木井一族にとっては最初の教化親であることは、後々の子孫はともかくとして、今日にあって忘れている人は誰もいないでしょう。

 身延の沢を出ることは大聖人へ顔向けの出来ないことであり、大聖人に申し訳ない気持ちであり、筆舌に尽くしがたいものですが、繰り返し繰り返し考えてみますに、いずれの所にありましても大聖人の仏法を世の中に打ち立て、正しく次の世に伝える事が肝要であります。ところが、弟子方は悉く大聖人のお心に背いております。日興唯一人が大聖人の仏法の真髄を持ち広宣流布の本懐を成就すべきの役目を担っておると思えば、大聖人の御本意を決して忘れる事はありません。また、あなた方がこのような状況の中でも、大聖人の仏法の真髄をお分かりになっていることは嬉しい限りです。あなた方が身延に止まっておられるから、入道殿もそれほど大聖人の教えに大きく背くようなこともないと思います。


【語句】

原殿 波木井実長の四男で弥六郎長義のこと。原という所に住していたので原殿と称された。
在世二十年 波木井実長が大聖人の信心をしていた年数。
民部阿闍梨 六僧の一人日向のこと。身延に鎌倉の軟風(謗法)を吹き込んだ張本人。
釈迦如来こそ初発心の本師 大聖人ば末法の御本仏であることを理解していない日円に対し、仏法の表面的なことから御教示されたもの。また、当時の人々は、仏法を説かれた釈尊の教えを曲解した法然や親鸞の説く浄土教によって、釈尊よりも阿弥陀仏を貴んでいた。そもそも阿弥陀経を説いたのも釈尊であり、阿弥陀仏も釈尊より出たものである。しかし、釈尊を投げ捨てて、阿弥陀仏を貴ぶことは師の教えに敵対することになる。故に、以下に信仰心が深く、懸命に阿弥陀仏を信仰しても、利益を受けるどころか仏のお叱りを受けることになる。故に、「無間地獄に堕ちる」と筋違いの信仰を厳しく戒められるのである。
初発心の師 日興上人の教化によって波木井実長が入信したのであるということ。
罷り出で(まかりいで) 退出する意の謙譲語。
面目なさ 面目は人に合わせる顔、世間への顔向け、体面、名誉。なさ、は無いこと。人に合わせる顔がないという意。ここでは大聖人に合わせる顔がないと拝した。つまり、大聖人から「身延山の別当たるべき事」と仰せつかっていながら退出しなければならない事になったと言うことを大聖人に対し申し訳なく思うと云う意。
本意なさ 又、本来であれば、民部阿闍梨日向が身延を出るべきであるが、残念ながら地頭も謗法になってしまったので、日興上人の本心ではないが身延を離れなければならないとの意。
申し尽くし難い 話がたい、筆に出来ない程である。
打ち還し案じ 打ち返しと同意。繰り返し、反復して考えること。深く考えること。
いずくにても 何処にあっても。どのようなところでも。
聖人の御義 大聖人の立てられた仏法、御法門。三大秘法の大法。一切衆生を成仏に導いて下さる教え。
さりともと そうであったとしても。今まではそうであったとしてもこれから後は。
御弟子悉く 大聖人が御入滅に先立って定められた六老僧、日朗・日昭・日興上人・日向・日頂・日持の本弟子六名を中心にして大聖人亡き後の事をたくされた。その中心が中の中心は申すまでもなく日興上人であられ、唯我与我(ゆいがよが・唯我と我の意。即ち仏と仏の意)の御境涯の上からの御振る舞いを示して下る。その六名の内、日興上人を除く五名迄が大聖人の仰せに反して退転してしまったことを「御弟子ことごとく」と仰せである。
師敵対 師匠に反する行動をとること。師匠の戒めを守らないこと。
本師の正義 大聖人の立てられた一切衆生皆成仏道の大法。
本懐を遂げ 日蓮大聖人の仏法が広宣流布するように、願い行動を起こすこと。
君達(きんだち) 公達と同意、ここでは波木井日円の子供たちのことを指す。
御渡り 「わたる」には大きく分けて二つの解釈がある。一つは「川を渡る」等の用例で、一方から他方へ移るという意。もう一つは「あり」の尊敬語でその場所に「あられる、おいでになる」という意。総本山六十六世日達上人はこのご解釈を「あなた方がこの身延に止まっておられるから波木井殿がそれほど不義に落ちるということはないであろうと思う」と述べられ、総本山五十九世日亨上人は「(子供たち)一同が身延に在られるからいざと云う時は互いに助け合って、父入道殿を諌暁して其不料簡を止めて奈落に堕ちないように努力せらるる事と考えて大いに頼りに思うておる」と仰せになっていることからも、この「御渡り」は子供の原殿が父のもとに行って戒めなさいということではなく、正しい信仰を持っている子供たちがいる故、後々の事はそれにまかせる、という意味で拝することができる。
不宜 よろしからずという意。人の道にはずれる、不義と同意。不宜に堕すとは堕地獄のこと。


日興上人身延離山について総本山第五十九世堀日亨上人はこの「原殿御返事」の御文の「身延の沢を〜詮にて候へ」について「幾度拝読しても、胸を痛む、涙は盡きせない。といっても婦女子のセンチに堕するのでは更々ない。乃至、この文を読んで平然たる者は宗徒でないと愚僧は云う」と仰せになっております。

「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付属す、本門弘通の大導師たるべきなり」或いは「釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す、身延山の別当たるべきなり」と御付属をうけていながら、大聖人が九ヵ年もの間住せられ、「墓をば身延の山にさせたまえ」とまで仰せになられた身延の地を離れる御心中を拝すると万人の胸中を打ちます。

たとえ「国主この法をたてらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」との仰せがあったとしても、また「地頭の不法ならんときは我も住むまじき」(美作房書・日興上人御書)との御遺命があったとしても、「罷りいで」る事の面目のなさ、本意ではない、実に残念なお気持ちを深く深く拝することができます。しかし、よくよく考えてみれば、いかに身延が大聖人ゆかりの地であったとしても、また地頭波木井実長が過去に大功労の人であったとしても、ひとたび大聖人の仰せに背き、戒めても改めなければ、大聖人の仏法を曲げられてしまう恐れが多分にあると、「不法の地頭になずんで」(美作房書・日興上人御書)という御決意のもとの離山であります。そこに「日興一人本師の正義を存じて」という唯受一人の、選ばれたお方の振る舞いが厳として拝せられます。

拝読をした少し前には次のような御文があります。
「(波木井殿を)軽ろしめたりと思し食しけるやらん。日興はかく申し候こそ聖人の御弟子として其の跡に帰依し進らせて候甲斐に重んじ進らせたる高名と存じ候は、聖人や入り替わらせ給いて候らいけん。いやしくも諂曲せず、只経文の如く聖人の仰せの様に諌め進らせぬ者かなと自賛してこそ存じ候らへ。」

(波木井殿の誤りを強く御注意したことによって、波木井殿は自分をバカにしたか、あるいは軽蔑したとお考えになったのであろう。軽しめたりとおぼしめしになっておるだろうけれども実は、自分は大聖人様の弟子として、大聖人様の後を身延の院主として身延に止まり波木井一門やすべての信者の帰依せられておったそのために、この波木井さんを重んじて丁重にとり扱ってそう申すのである。自分には「聖人や入り替わらせ給いて候らいけん」自分の身に大聖人が入り替らせておるんでありましょう。それ故「いやしくも諂曲せず」少しもへつらいするということをしない。「只経文の如く聖人の仰せの様に諌め進らせぬ者かなと自賛してこそ存じ候らへ」只経文の如く、大聖人様の仰せの如く戒めてきたと自分で喜んでいる。自賛して考えておる)  ※( )は六十六世日達上人の御指南です。

日興上人は、信心の中心者である波木井実長が大事であるから諌めたのです。ところが、波木井実長は、かえって軽蔑し、日興上人の御指南に背いております。

この日興上人の御精神が私ども日蓮正宗の精神です。「聖人や入り替わらせ給いて候らいけん」とのお言葉を肝に命じて拝さなくてはなりません。時の御法主上人のおられる所以、猊下の御指南に従う所以は既に七百五十年の昔に、日興上人がはっきりとお示しになっているところなのです。この原殿御書が正応元年の十二月ですが、翌年の六月の波木井殿の手紙で、このような事をいっております。「日円は故聖人の御弟子にて候なり。申せば老僧達も同じ同胞にてこそ渡らせ給ひ候に乃至、師匠の御あわれみをかふりしこと恐らくわ劣りまいらせず候。前後のしゃべちばかりこそ候らへ、されば仏道のさわりになるべしとも覚えず候なり。」(日円は故聖人の弟子です。老僧方も同じであるはずです。自行化他の信心に励んで、聖人の教導を受けたことは貴方方と少しも変わらないと思っております。そこには、只出家と在家、入信の前後があるだけです。)日蓮大聖人の信心を正しく、仰せの通りに生涯貫くことは昔も今も同じです。「この経は相伝にあらざれば知りがたし」という御聖訓を忘れて、忘れないまでも勝手に解釈し運用すると「波木井実長と同じになりますよ」と注意を喚起されているのです。実に現在と同じような姿かたちではありませんか。自分は大聖人のの仰せのとうりにしている。在家出家の違いなどない、という言葉に、御書根本、大聖人直結、僧俗悪平等の考え方がハッキリしております。御書根本、大聖人直結、僧俗悪平等を唱える前に、「聖人や入り替わらせ給いて候らいけん」という日興上人の御指南を思い出すべきです。更に佐渡の国の法華講衆に宛てた日興上人の御文では「この法門は師弟子をただして仏になり候。師弟子だにも違いまいらせば、同じ法華を持つとも無間地獄に堕ち候」という信仰の筋道が明瞭に示されております。これが日蓮正宗の万代にわたる不変の信仰姿勢です。この一点を外さなければ成仏は疑いのないものとなります。反対にこの一点を外せば「同じ法華を持っても」つまり南無妙法蓮華経と唱えていても無間地獄に堕ちるということなのです。「師弟子をただす」とは別しての血脈を御所持される御法主上人の御指南を拝して大御本尊様に南無し奉るということです。くどいようですが別しての血脈から外れた題目は無間地獄の因となることは間違いのない事です。歴史は繰り返されるといいますが、日蓮正宗の成立の元が身延離山にあり、離山の原因は、地頭波木井実長の謗法です。謗法を犯す元は諂曲の法師民部阿闍梨日向に誑かされ、唯受一人・血脈付法の大導師日興上人の御指南を正しく受ける事が出来なかったと言うことにつきます。この教訓を守り、広宣流布に邁進しなさいという御本仏大聖人の御指南とも拝するものです。正直で、素直な信心に励みたいものです。


以上

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日蓮正宗向陽山佛乗寺