日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成24年3月11日 日蓮大聖人御報恩御講拝読御書

上野殿御返事

上野殿御返事(御書・一四六三頁)
弘安三年三月八日  五九歳

上野殿御返事 (御書・一四六三頁)

故上野殿御忌日の僧膳料米一たはら、たしかに給び候ひ畢んぬ。御仏に供しまいらせて、自我偈一巻よみまいらせ候べし。

 孝養と申すはまづ不孝を知りて孝をしるべし。不孝と申すは酉夢と云ふ者、父を打ちしかば天雷身をさく。班婦と申せし者、母をのりしかば毒蛇来たりてのみき。阿闍世王父をころせしかば白癩病の人となりにき。波瑠璃王は親をころせしかば河上に火出でて現身に無間にをちにき。他人をころしたるには、いまだかくの如くの例なし。不孝をもて思ふに孝養の功徳のおほきなる事もしられたり。外典三千余巻は他事なし、たゞ父母の孝養ばかりなり。しかれども現世をやしなひて後生をたすけず。父母の恩のおもき事は大海のごとし、現世をやしなひ後生をたすけざれば一Hのごとし。内典五千余巻又他事なし、たゞ孝養の功徳をとけるなり。しかれども如来四十余年の説教は孝養ににたれども、その説いまだあらはれず、孝が中の不孝なるべし。目連尊者の母の餓鬼道の苦をすくひしかば、わづかに人天の苦をすくひていまだ成仏のみちにはいれず。釈迦如来は御年三十の時、父浄飯王に法を説きて第四果をえせしめ給へり。母の摩耶夫人をば御年三十八の時、阿羅漢果をえせしめ給へり。此等は孝養ににたれども還って仏に不孝のとがあり。わづかに六道をばはなれしめたれども、父母をば永不成仏の道に入れ給へり。譬へば太子を凡下の者となし、王女を匹夫にあはせたるが如し。されば仏説いて云はく「我則ち慳貪に堕せん。此の事は為めて不可なり」云云。仏は父母に甘露をおしみて麦飯を与へたる人、清酒をおしみて濁酒をのませたる不孝第一の人なり。波瑠璃王のごとく現身に無間大城におち、阿闍世王の如く即身に白癩病をもつきぬべかりしが、四十二年と申せしに法華経を説き給ひて「是の人滅度の想ひを生じて涅槃に入ると雖も、而も彼の土に於て仏の智慧を求めて是の経を聞くことを得ん」と、父母の御孝養のために法華経を説き給ひしかば、宝浄世界の多宝仏も実の孝養の仏なりとほめ給ひ、十方の諸仏もあつまりて一切諸仏の中には孝養第一の仏なりと定め奉りき。

 これをもって案ずるに日本国の人は皆不孝の仁ぞかし。涅槃経の文に不孝の者は大地微塵よりも多しと説き給へり。されば天の日月、八万四千の星、各いかりをなし、眼をいからかして日本国をにらめ給ふ。今の陰陽師の天変頻りなりと奏し申す是なり。地夭日々に起こりて大海の上に小船をうかべたるが如し。今の日本国の少児は魄をうしなひ、女人は血をはく是なり。

 貴辺は日本国第一の孝養の人なり。梵天・帝釈をり下りて左右の羽となり、四方の地神は足をいたゞいて父母とあをぎ給ふらん。事多しといへどもとゞめ候ひ畢んぬ。恐々謹言。                     日蓮花押

  弘安三年三月八日                                           
 進上 上野殿御返事

【通解】

亡き上野殿の忌日に際して僧膳料として米を一俵確かにお受けしました。御本尊様にお供えして法華経の自我偈を一巻読誦いたします。

 親に対する孝養は、親不孝を知ることによって真実の親孝行を知ることができます。親不孝といえば、酉夢(ゆうぼう)という者が父親を打ったところ雷が落ちて身が裂けてしまいました。班婦という者が母親を罵ったところ毒蛇が現れて呑み込まれてしまいました。阿闍世王は父親を殺したことによって白癩病に罹ってしまいました。波瑠璃王は親を殺したことで河の上にいたときに水中から火が出て焼き尽くされ、生きながらにして無間地獄の苦しみを受けました。他人を殺したことでこのように大きな報いを受けた例はありません。これらの親不孝の姿から思うことは、親孝行に励む時にその功徳が大きいことです。

 外典の三千余巻で説くことはただ父母への孝養のことばかりです。しかしそこでは、親の現世を助けはしますが来世を助けることはありません。父母の恩の重いことは大海のようなものです。現世のみを助けるのは一滴の水のようなものです。内典の五千四巻に説かれていることも他事はありません。ただ親孝行のみを説かれています。しかし、釈迦如来が四十数年で説かれたことは、親孝行に似ていますが真実の親孝行を説き明かしておりません。したがって親孝行のようであって親孝行ではありません。目連尊者のお母さんの餓鬼道の苦しみを救ったことは、人界や天界の苦しみを救っただけであり、仏に成した訳ではありません。釈迦如来は三十歳の時に父親の浄飯王に法を説いて第四果の功徳を受けさせました。母親の摩耶夫人には三十八歳のときに阿羅漢果を受けさせました。これらは親孝行に似てはいますが反対に親不孝の失があります。何故ならば、少しばかり六道の苦しみから離れることはできましたが、そのことによって父母を永い間仏になることが叶わない道に入れてしまったのです。譬えていえば、太子の身分から無位無冠の者にしてしまったように、また王女を身分の賤しい者に嫁がせたようなものです。

 そこで仏は次のように説かれております。「(もし真実のことを説かなければ)私は物惜しみをした罪を受けなくてはなりません。このことは良くないことです」と。つまり、仏は父母に甘露を惜しんで麦飯を与え、清酒を惜しんで濁酒を飲ませた、最も親不孝な人となる、ということです。したがって、このままであれば仏は波瑠璃王のように生きながらにして無間地獄に堕ち、阿闍世王のように白癩病になるところでした。しかし、覚りを開いて四十二年を経たときに、法華経を説かれて、「法華経以前の教えにより、滅度の想いを生じて涅槃に入った声聞界の衆生や縁覚界の衆生も、彼の国土において仏の智慧を求めて法華経を聞くことができるであろう」と申されて、父母への御孝養のために法華経を説かれましたので、宝浄世界から来られた多宝如来も、釈尊こそ真実の孝養の仏である、と誉められました。また十方の諸仏も集まり、釈尊こそが一切の仏の中にあって孝養第一の仏である、と定められたのです。

 これらのことをもって思いますに、日本国の人は全員親不孝な人たちです。涅槃経に説かれるように、親不孝な者は大地微塵よりも多いと説かれるのはこのことです。ですから天上の日天も月天も八万四千の明星天もそれぞれが怒りをなし、眼を瞋らして日本国を睨んでいるのです。今の陰陽師いう「天変が頻りに起こっている」とはこのことです。また大地の上で妖しい出来事おこり、大海の上に浮かべた小舟のようにこの国はなっているのです。今の日本国の小さな子供が精神を病み、女性が血を吐く病に冒されるのはこのためです。

 貴男は日本国第一の親孝行な人です。梵天と帝釈が降りてきて左右の羽根となります。四方の地神は足下をしっかりと支えて貴男のことを父母の立場の人であると仰ぎ奉ることでしょう。まだまだ申し上げたいことがありますが、このあたりで筆を置きます。恐々謹言


【語句の意味】

○故上野殿=文永二年(一二六五年)三月八日に死去した南条時光の父、南条兵衛七郎のこと。大聖人様より「行増(ぎょうぞう)と戒名を頂いている。なお、時光はこの時七歳であった。
○忌日(きじつ)=死去した日、命日のこと。
○僧膳料(そうぜんりょう)=亡き父親の祥月命日の追善供養を願い出たおりに、日蓮大聖人様にお米を一俵御供養をしたことを、この述べられている。僧は僧侶のことで、読経唱題をして頂く時に、僧侶に対してお供えする食べ物や飲み物のことをいう。
日興上人のお手紙にも、
「故ごぜん(御前)の御ための御そうぜんれう(僧膳料)、白米二斗・御す(酒)大へい(瓶)一・御ぐそく(具足)、御ふみのごとく給はり候」とある。これは宮城県の柳の目妙教寺に所蔵されている。
○御仏=御本尊様のこと。日蓮大聖人様は、釈尊やその他の仏の仏像を本尊とするのではなく、南無妙法蓮華経の曼荼羅を御本尊として建立され、南無妙法蓮華経と御本尊に向かって御題目を唱えることを教えてくだっさっている。
○自我偈一巻=私たちが朝夕に読誦する妙法蓮華経寿量品第十六の、「自我得仏来 所経諸劫数・・・速成就仏身」までの経文のこと。
○酉夢(ゆうぼう)・班婦(はんぷ)=共に古代中国の伝説上の人物と思われるが現在は出典が失われて定かでないが、大聖人様は、酉夢は父親を打ったことで、たちまちに落雷に遭い身が裂けた、とされ、班婦は母親を罵ったことで毒蛇に呑み込まれたと仰せになる。共に、親不孝の罪を教えて下さるもので、伝説上のこと、と考えてはならない。親に叱られたり注意を受けた時に、素直に従えず逆らった時の心の有り様は、遮蔽するものがなにもないところで落雷に遭った時のように、また、大きな蛇が突如目の前に現れた時に感じる心の有り様から想像して、親不孝を悔いなければならない。
○阿闍世王(あじゃせおう)=釈尊在世の中印度の国王。釈尊に反対する提婆達多(だいばだった)にそそのかされて父親を幽閉して死に至らしめたことで、白癩病になった。後に懺悔して仏教をに深く帰依し、経典の編纂(結集)にあたって資金面での尽力をした。
○波瑠璃王(はるりおう)=毘盧釈迦(びるしゃか)のことで、釈尊在世の舎衛国(しゃえいこく)の国王。
○他人をころしたるには・・・他人を殺すことも当然罪を受けるが、親を殺すことが如何に罪が深いかを述べられるところである。かつて刑法に「尊属殺人」に対する規定があった。これは、父や母などの血縁にある者を殺すことと、それ以外の殺人とに量刑の区別をつけるものだが、一九七三年に違憲とされ、一九九五年に削除された。一九七三年に最高裁で違憲とされた時、時の御法主上人であられた総本山第六十六世日達上人が、親を殺す罪とその他の殺人罪と同じで良いわけがない、このようなことをしていたら世の中が間違ってしまう、と仰せられたが、独居老人の問題や、孤独死のことを見聞するたびに、仏の教えが失われた社会が誤った方向に向かうことを感じる。
○外典三千余巻=外典は仏教以外の教えをいう。大聖人様は、中国の儒教・道教を指して外典といい、それらが三千余巻あるとされている。
○内典五千余巻=内典は仏教のこと。五千四十八巻と七千三百八十八巻の両説がある。
○如来四十余年の説教=釈尊が三十歳で覚りを開き七十二歳までの四十二年間に多くの経文を説かれたことを指す。
○目連尊者=釈尊の十大弟子の一人で、神通力が最も勝れていたとされる。経文では、目連尊者の母の青提女(しょうだいにょ)が生前の物惜しみの罪によって、生まれ変わったところで餓鬼道の苦しみを受けていたのを、子の目連尊者が救った事例を挙げて示される。ここでは、餓鬼道における一時の苦しみを除くのことは、孝養には違いないが真実の孝養ではなく、母親の青提女を仏にすることが真実の孝養であることが説かれている。
○浄飯王(じょうぼうんのう)=釈尊の父。中印度カビラエ国の王。
○第四果(だいしか)=阿羅漢果(あらかんか)のこと。小乗仏教における最も尊い到達点であるとされる。しかし、この位に到達した者は、独善的な思いに支配されるために成仏が叶わない、とされる。
○摩耶夫人(まやぶにん)=釈尊の母親。
○阿羅漢果=第四果を参照。
○六道=地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界の六種。迷いの境界。
○「我則ち慳貪に堕せん。此の事は為めて不可なり」=法華経方便品第二に説かれる。意は、もし私が一切の衆生が成仏する法華経を説かなければ、私自身が(慳貪)物惜しみをした罪におちるであろう。このことはなんとしても良くない、ということ。釈尊が、それまで秘めていた真実の法を説くことを述べられた文。
○四十二年と申せしに=覚りを開いた三十歳から法華経を説き始められたのが七十二歳。つまり、覚りを開かれて四十二年の間は一切衆生をを仏に導く教えは説かなかった、ということ。
○「是の人滅度の想ひを生じて涅槃に入ると雖も、而も彼の土に於て仏の智慧を求めて是の経を聞くことを得ん」=法華経化城喩品第七の文。意は、仏に成るために釈尊の教えを学び修行した者の中で、すぐれた一部の人々は覚りを開くことが叶ったが多くの人々は覚りを開くことは叶わなかった。しかし、この法華経が説かれた後は、それぞれにそなわっている智慧(信)によって法華経を聞き仏に成ることができる、ということ。
○宝浄世界=法華経に説かれる多宝如来の住む世界。多宝如来は釈尊の説く法華経が真実の教えであることを証明する仏。
○十方の諸仏=十方は東・西・南・北、南東・東北・南西・西北、上・下の各方向。したがって全ての世界のことで、そこに住する一切の仏のこと。
○大地微塵=地上にある細かい塵の意。数えることができない多くの、という意から、親不孝の者が多いことを述べ、反対に親孝行の人が少ないことを示される。
○陰陽師(おんようじ)=日本の律令制の時代に、陰陽寮というところに所属し、竹を削って作った細長い棒によって、吉凶を占った。いうなれば、国家公務員であり、その力は少なくなかった。後世における占い師とは成り立ちも在り方も相違がある。
○梵天・帝釈=大梵天と帝釈天のこと。法華経の行者を守護する諸天善神の中にあって、中心的存在。
○四方の地神= 『妙法曼陀羅供養事』には、「されば天は日々に眼をいからして日本国をにらみ、地神は忿りを作して時々に身をふるうなり」(御書・六百九十頁)とある。また、『刑部左衛門尉女房御返事』には、「我地神となること二十九劫なり。其の間、大地を頂戴して候に頚も腰も痛むことなし。虚空を東西南北へ馳走するにも重きこと候はず。但不孝の者のすみ候所が身にあまりて重く候なり。頚もいたく、腰もおれぬべく、膝もたゆく、足もひかれず、眼もくれ、魂もぬけべく候。あはれ此の人の住所の大地をばなげすてばやと思ふ心たびたび出来し候へば、不孝の者の住所は常に大地ゆり候なり」(御書・一五〇三頁)とある。


以上

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日蓮正宗向陽山佛乗寺