日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成24年4月1日 広布唱題会

上野殿尼御前御返事

上野殿尼御前御返事 (御書・七五一頁)
文永一一年 五三歳

上野殿尼御前御返事(御書七五一頁)

人にものをせする人は、人のいろをまし、ちからをそえ、いのちをつぐなり。人のためによる火をともせば人のあかるきのみならず、我が身もあかし。されば人のいろをませば我がいろまし、人の力をませば我がちからまさり、人のいのちをのぶれば、我がいのちののぶなり


《人のためには非ず》

 私たちが登山参詣をしたときに、堂宇の内外で案内や誘導をして下さる頼もしい方々のことを、「総本山任務者」と呼びます。雨の日も風の日も、暑い夏も寒い冬も誘導棒を片手に、にこやかな顔で元気に声を掛け、私たちを励ましてくれます。

 御虫払いやお会式、夏期講習会などの登山運営の縁の下の力持ちが、輸送・整理班の人達です。

 佛乗寺からも、山口さんと鈴木さんが「総本山任務者」に応募して下さいました。山口さんはすでに経験があり引き続きの御奉公です。鈴木さんは今回からの挑戦です。総本山には、日本各地は言うに及ばず、全世界から「罪障消滅」の修行を志して大勢の法華講衆が足を運んでいます。それらの登山者は換言すれば「大聖人様のお客様」です。したがって、「総本山任務者」はそのお客様を接待する役目であるといえます。これは誰にでもできることではありません。先ず第一に、純真な信仰が求められます。丈夫な身体・精神も必要不可欠です。さらに、家族の協力や仕事も無関係ではありません。思いはあっても応募できない方々もいる中で、お二人が任務を志すのはとても素晴らしことです。お二人の御法に体する強い強い思いを有り難く感じるのは私だけではないでしょう。

 ただし、ご苦労もあります。その時には本日拝読の御書を思い起こして下さい。大聖人様が、「人のために尽くすことは、そのすべが自身の徳となる」と教えて下さるものです。さらに、協力してくれているご家族や縁の方々の功徳ともなります。

 任務で誘導棒を片手に三門や奉安堂の前に立つときに、大聖人様が声を掛け、励まして下さっていることを常に心にとどめておきましょう。そうであれば、
『十字御書』で示されるように、
徳も勝り人にも愛せられ候 (御書・一五五一頁)
との境界を今生のうちに得ることが叶います。ご精進をお祈り申し上げます。


《感謝を忘れずに》

 私たちは、登山参詣の時、お世話になる輸送・整理班への感謝を忘れてはなりません。当たり前のように思っていると、任務者の対応に不平不満を募らせることになります。登山参詣の修行は、感謝の心を育む修行であることを肝に銘ずるべきです。

 「大聖人様のお客様」と前述いたしましたが、俺はお客なんだから、としか思えないような姿を時に見かけます。本人は、そうは思っていないかもしれませんが、服装や態度からそのように感じられます。有り難い罪障消滅の修行に励む絶好の時なのですから、誤解を受けないように、常識を弁えるべきです。さらに言えば、一人ひとりが「大聖人様のお客様」にして頂いている、と自覚できれば、自分勝手な考えや行動で、御開扉において隣に座った方の心を乱す事もなくなるでしょう。すべてが大切な修行です。『三沢抄』で
下部の湯のついでと申す者を、あまたをひかへして候 (御書・一二〇五頁)
と戒められるように、自己中心の登山参詣にらぬように互いに注意をしてまいりましょう。

 折伏の修行もまったく同じです。自身の修行であり周囲の人達の修行であり、それが広宣流布の流れとなり、やがて真の常寂光土に住することが出来るようになります。

 この度「総本山任務」が新しい体制となったのは、私たちがよりよい修行に励むことができるように、との総本山・御法主上人の御慈悲です。その御心にお応えすることが出来るように、さらに登山参詣の修行に励んでまいりましょう。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺