日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成24年10月1日 永代経

病気を考えましょう

その一
◎病気の原因

@『太田入道殿御返事』
「病の起こる因縁を明かすに六有り。一には四大順ならざる故に病む、二には飲食節せざる故に病む、三には坐禅調はざる故に病む、四には鬼便りを得る、五には魔の所為、六には業の起こるが故に病む」(九一一頁)

現代語訳

天台大師は摩訶止観の中で、「病気の原因として六種類あげることができます。一つ目は、人の身体を構成している地・水・火・風の四大の調和が崩れているからです。二つ目は、飲み過ぎたり食べ過ぎたりすして節制をしないからです。三つ目には、心を一所に止めて仏を思う修行を怠るからです。四つ目は、鬼神におかされることにあります。五つ目は魔の行為です。六つ目が業によって病を得ることになります」と。


病気の原因

(ア)「一には四大順ならざる故に病む」

A『光日上人御返事』に、
「大地の上には水あり、地よりも水かろし。水の上には火あり、水よりも火かろし。火の上に風あり、火よりも風かろし。風の上に空あり、風よりも空かろし。人をも此の四大を以て造れり」(御書一五六四頁)
と仰せです。このことから四大とは私たちの身体のことであると理解されます。つまり、〈地〉は堅さを表しますから骨や筋肉に相当します。〈水〉は液体ですから、血液やリンパ液、また体内に含まれる水分であるといえます。〈火〉は熱をもっておりますから体内の発熱作用、〈風〉は呼吸と考えられます。この四大が色身であり、空大は精神を表し色心のことです。したがって、「四大順ならざる」とは肉体的な面からの不調という意味です。関節や筋肉の痛み、は「地大不順」であり、白血病などの血液の病や水分不足からおこるといわれている熱中症などは「水大不順」に当てはまるでしょう。また、冷え性などが「火大不順」であり、呼吸の機能に直結する肺などの病は「風大不順」といえます。このことから、四大不順は肉体的な面の病であることが分かります。さらに、「空大不順」を加えると、心身両面の病ということになります。


(イ)「二には飲食節せざる故に病む」

食べ物や飲み物を調節できない食生活をいいます。すぐに思い起こすのが、暴飲暴食です。食べ過ぎたり飲み過ぎたりして、脂肪過多、高血圧、糖尿病等のいわゆる生活習慣病の原因であるといわれております。現在の日本は「飽食・過食の時代」ですが、戦中から戦後まもなくの頃には、「栄養失調の時代」でした。必要な栄養を摂取することができないのも「飲食節せざる」ことにあたります。


(ウ)「三には坐禅調はざる故に病む」

天台大師の修行は、像法時代の修業ですから毎日時間を定めての坐禅も大切な修行でした。また、坐禅の形式も決められたものがありました。この修行によって「観心」の修行としたのです。観心の修行とは、我が生命に十界が具わっていることを知るための修行です。機根のすぐれた像法時代の人々は坐禅の修行によってそのことを成し遂げることができました。しかし、末法の人々は機根が劣っており、坐禅でそのこと悟ることができません。そこで大聖人様が「観心の本尊」を顕されて、私たちに授けて下さったのです。ですから、ここで「坐禅調はざる」とは、御本尊様への修行が疎かになっている、という意味です。また、飲食飲食のゆえに病になる、とのお言葉と併せて拝すると、日々の生活が乱れている、規則正しい生活ができていない、ということでもあります。毎日時間を決めて勤行唱題する大切さを教えて下さるものです。以上が肉体的な病です。


(エ)「四には鬼便りを得る」

鬼神により精神が支配されることです。鬼神とは阿修羅や夜叉・羅刹などのことで、超自然的な力を有するとされます。

B『撰時抄』には、
「大鬼神を国に入れて人の心をたぼらかし、自界反逆せしむ」 (御書・八六四頁)
とあり、謗法の国には大鬼神が現れて人々の心を惑わして内乱を起こすことが述べられています。「鬼神からの便り」で現代的な解釈が許されるならば、次のようなものを挙げることができると思います。学校や職場でのイジメが原因とされる自死がニュースにのぼります。この度も大きなニュースとして扱われて人々の重大な関心事として人々の口に上り対策が論じられます。ところが、いつの間にか忘れ去られ、何年か後にまた同じようなことが繰り返されます。そのつど、悲惨で陰湿な出来事に心が痛みます。このような世相を改革し、皆が安心して穏やかに暮らせるように折伏を行じ、一刻も早く立正安国の世を実現するための使命は小さくありません。

ともあれ、(ア)から(ウ)までは、内的要因によるものといえます。したがって、自らが努めて注意を払い節制をすることである程度は予防できるものです。しかし、この「鬼便りを得る」は外的要因が大きく、それを防ぐのは容易ではありません。イジメだけではなく、ご近所や、会社や、また友人などの「人間関係」、また親・兄弟をはじめ家族の中でも様々なストレスを受けたり与えたりしながら生きているのが私たちの日常です。このストレス社会は、年ごとに深刻さを増している、ともいわれております。大聖人様の時代には、鬼神の用きによって生命を惑わされた者たちによって、政治や経済が乱れ、社会不安を増大させました。


C『立正安国論』に、
倩微管を傾け聊経文を披きたるに、世皆正に背き人悉く悪に帰す。故に善神国を捨てゝ相去り、聖人所を辞して還らず。是を以て魔来たり鬼来たり、災起こり難起こる。(御書・二三四頁)
とある如くです。現在の情報伝達の速度は鎌倉時代に比べようがありません。鬼神によって惑わされた悪心からおこる様々なことが、瞬時に世界中に拡散され、多くの人々が苦しみの中で喘いでいます。鎌倉の時代よりもはるかに危険な時代ではないかと感じます。


(オ)「五には魔の所為」

ここでいう魔とは、私たちの心の中にあるものです。煩悩により、様々な悪心が涌き起こります。それらが我が身を害することになる、と指摘されているのです。


(カ)「六には業の起こるが故に病む」

 過去世において、身口意の三業によって積んだ業を宿業といいます。この宿業によって病になる、と説かれるのです。そして、業より起こる病は最も治しがたい、といわれます。 医学的な進歩により、遺伝子を解明することでその人はどのような病気になるかが分かる世の中になりました。癌になる遺伝子を以って入る人は、あらかじめその予防に努め、こまめに検診を受けて早期発見して手当をすれば手遅れにならずに済むようです。生まれたばかりの子供が、遺伝子の中に危険因子があるので注意をしましょうというのであればともかく、五十歳を過ぎたものが、そのようなことをいわれても、先が知れてますからどうこうなるとは思えません。ただ、遺伝子のレベルで考えると、親から受け継いだものが脈々と伝えられていることは、仏法で説く三世を説明する上から有益なものではないかといえます。このことは、過去に遡るだけではなく、未来に向かっても同じことがいえます。また、直接の血縁がある子供や孫という子孫だけへの遺伝子レベルの影響ばかりではなく、全ての未来に生きる人間を始めとする生き物や、環境にまで大きな影響力を行使しているのが今を生きている私たちであることに気づきます。


病の種類

▽ 肉体的な病気 ( ア・イ・ウ・エ・カ)  ◇ 医師や薬で治る病気
▽ 精神的な病気 (エ ・オ・カ )     ◇ 仏法により治る病気
※ただし、病気は原因が複雑に絡み合って起こります。その一番の原因が謗法です。
ですから、今生で謗法を犯さないことが来世の息災の絶対条件です。 


◎病への対処

D『種々御振舞御書』
「病の起こりを知らざらん人の病を治せば弥病は倍増すべし」(御書・一〇六七頁)
この御文は、なぜ病気なったかを知らないで、治療をすればかえって病気が重くなることを教えて下さるものです。そこで、

E『中務左衛門尉殿御返事』を拝しますと、
「人に二病あり。一には身の病。所謂地大百一・水大百一・火大百一・風大百一、已上四百四病。此の病は治水(じすい)・流水(るすい)・耆婆(ぎば)・扁鵲(へんじゃく)等の方薬をもって此を治す。二は心の病。所謂三毒乃至八万四千の病なり。仏に有らざれば二天・三仙も治しがたし。何に況んや神農・黄帝の力及ぶべしや」(御書・一二三九頁)
とあります。つまり、私たちは二種類の病気がある、一つは身体の病気で、これは四百四病といわれるもので、これらは治水や流水などの名医や薬によって治すことが可能である。二つ目の心の病気は貪・瞋・癡の三毒や八万四千といわれる果てしなき煩悩から起る病である。これは仏様でなければ治すことができない病である。バラモンの教えや儒教などでは治すことは不可能である、と仰の仰せです。


◎まとめ

F『妙心尼御前御返事』(御書・九〇〇頁)
「このやまひは仏の御はからひか○病ある人、仏になるべきよしとかれて候。病によりて道心はおこり候」 

生きていれば誰でも病気になります。しかし、病気になったからといって落ちこんだり隠し立てする必要はありません。病気は成仏の功徳を受けるチャンスなのです。ですから、病の原因を見つめ、医師や薬で治るのであればそれを用い、さらに御本尊様のお力を戴き、我らの信力・行力をもって平癒を祈って行くことが肝要です。好い季節を迎えます。ご精進をお祈りします。

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