日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成24年11月

佛乗寺檀信徒の皆さまへ

佛乘寺 住職
笠原 建道
ことのほか暑かった夏が過ぎ、秋の訪れを喜んだのもかの間、早くも雪の便りが届く季節となりました。皆様にはお元気でお過ごしのことと拝察いたします。


○信長と家康両人の血を引く敬台院

 明年の11月に総本山の御影堂(みえいどう)の「平成の大改修」が終わり、記念の法要が奉修されることになりました。檀信徒の皆様の尊い御供養によって、この度の大改修が行われ、建立時の荘厳さを取り戻し、新たな未来へ継承されるようになったことを建立願主の敬台院(きょうだいいん)も喜ばれていると思います。

 敬台院は文禄元年(1592年)、徳川幕府の大名であった小笠原秀政の長女として生まれました。後の阿波藩25万石の藩主であった蜂須賀至鎮の夫人です。

永禄10年(1567年)徳川家康の嫡男・松平信康に、織田信長の長女・徳姫が嫁ぎました。二人の間に生まれた長女を登久姫(とくひめ)といいます。登久姫が小笠原秀政に嫁ぎ長女として生まれたのが敬台院です。つまり、敬台院は徳川家康と織田信長の直接の曽孫(ひまご)にあたります。幼い頃に家康に引き取られ、家康の元で育てられたと云われております。

 戦いに明け暮れた戦国武将の中でも特筆される織田信長と徳川家康。宗祖日蓮大聖人様は、『南部六郎三郎殿御返事』で、
「而るに貴辺は武士の家の仁、昼夜殺生の悪人なり」
と仰せです。相手の命を奪うのが武士の生業です。したがって「悪人」とされるのです。信長と家康の血を引いた敬台院は、生命とは如何なるものであるか、という命題に常に向き合っていたのではないでしょうか。

 過去世からの不思議な因縁で、生命の根本を説き明かす日蓮大聖人様の仏法に巡りあい日蓮正宗富士大石寺の信仰をされるようになりました。そして、当時の御法主であられた第十七世日精上人の御指南のままに、信心修行に励まれたのです。

 御影堂が建立されたのは寛永9年(1632年)です。この年は二祖日興上人と三祖日目上人の第三百遠忌の年であると共に、曾祖父(そうそふ・ひいお祖父さん)・養父である徳川家康の17回忌です。また夫である蜂須賀至鎮の13回忌にもあたっております。

 宗祖日蓮大聖人・第二祖日興上人・第三祖日目上人への御報恩のために御影堂を建立寄進されたことは勿論ですが、その年が大切な夫と曾祖父の13回忌と17回忌であることに不思議は因縁を感じます。嫁ぎ先の蜂須賀家と実家である徳川家の菩提を弔う意味もあったのではないでしょうか。孝養の心の深さを尊く思います。

 敬台院(きょうだいいん)は御影堂を建立寄進したばかりか、細草檀林(ほそくさだんりん)といって、宗門の学問所の創設にあたっても多大な貢献をされたことで知られております。御影堂という総本山の中心をなす堂宇を寄進すると共に、大聖人様の御教えである、「文底独一本門」の教学を学び研鑽する学問所創設、現在の言葉で言えば、ハードとソフトの両面からの外護に寄与されたことは、末代まで語り伝えられる偉業です。

 檀信徒の皆さまには、私たちの先輩信徒にこのような方がいることを心に留め、自らの幸せと周りの方々の幸せのために、「南無妙法蓮華経」と修行に励まれますよう念願致します。

 寒くなります。御身ご自愛のほどお祈り申し上げます。


以上

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