日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成24年12月9日 日蓮大聖人御報恩御講拝読御書

妙法蓮華経如来寿量品第十六

寿量品その二

妙法蓮華経如来寿量品第十六

『妙法蓮華経如来寿量品第十六』

爾時仏告。諸菩薩。及一切大衆。諸善男子。汝等当信解。如来誠諦之語。復告大衆。汝等当信解。如来誠諦之語。又復告諸大衆。汝等当信解。如来誠諦之語。是時菩薩大衆。弥勒為首。合掌白仏言。世尊。唯願説之。我等当信受仏語。如是三白已。復言。唯願説之。我等当信受仏語。爾時世尊。知諸菩薩。三請不止。而告之言。汝等諦聴。如来秘密。神通之力。一切世間。天人。及阿修羅。皆謂今釈迦牟尼仏。出釈氏宮。去伽耶城不遠。坐於道場。得阿耨多羅三藐三菩提。然善男子。我実成仏已来。無量無辺。百千万億。那由他劫。


【書き下し文】

妙法蓮華経如来寿量品第十六

爾の時に仏、諸の菩薩、及び一切の大衆に告げたまわく、諸の善男子、汝等当に、如来の誠諦の語を信解すべし。復大衆に告げたまわく、汝等当に、如来の誠諦の語を信解すべし。又復、諸の大衆に告げたまわく、汝等当に、如来の誠諦の語を信解すべし。是の時に菩薩大衆、弥勒を首と為して、合掌して仏に白して言さく、世尊、唯願わくは之を説きたまえ。是の如く三たび白し已って、復言さく、唯願わくは之を説きたまえ。我等当に仏の語を信受したてまつるべし。爾の時に世尊、諸の菩薩の、三たび請じて止まざることを知ろしめして、之に告げて言わく、汝等諦かに聴け、如来の秘密神通のカを。一切世間の天、人、及び阿修羅、皆今の釈迦牟尼仏は、釈氏の宮を出でて、伽耶城を去ること遠からず、道場に坐して、阿耨多羅三藐三菩提を得たまえりと謂えり。然るに善男子、我実に成仏してより已来、無量無辺百千万億那由他劫なり。


【現代語訳】

 その時に仏は、菩薩をはじめとするすべての人々に次のように告げました。「諸の善男子よ、貴男達は心から如来の真実の言葉を信じるべきです。信ずることにより理解することができます」と。また重ねて人々に告げました。「諸の善男子よ、貴男達は心から如来の真実の言葉を信じるべきです。信ずることにより理解することができます」と。さらにまた重ねて人々に告げました。「諸の善男子よ、貴男達は心から如来の真実の言葉を信じるべきです。信ずることにより理解することができます」と。この言葉を聞いた菩薩をはじめとする人々は、弥勒菩薩を代表として、手を合わせて仏に次のように申し上げました。「仏様、どうかこの教えを説いて下さい。私たちは心から仏様のお言葉を信じて教えを受け教えに随います」と。このように三度願い出た後にさらに、申し上げました。「仏様、どうかこの教えを説いて下さい。私たちは心から仏様のお言葉を信じ、教えを受け教えに随います」と。その時に仏は、諸々の菩薩の三度の願い出を受けて、熱意のただならぬことを感じられて、菩薩たちに次のように告げられました。「あなた達は心を澄まして如来の秘密神通力のことを聴きなさい。すべての世間の、天・人および阿修羅は、皆今の釈迦牟尼仏が釈迦族の王宮を出て伽耶という城から遠くないところを道塲として、最高で完全な悟りの法を得たと思っているでしょう。ところが善男子よ、そうではないのです。私は実は、量り知ることのできないはるかな過去に仏と成ったのです。


【ワンポイント】

○「汝等当信解 如来誠諦之語 (あなた達よ、信じることで如来の真実の言葉を理解することが出来るのです)」

 この言葉が冒頭に三回繰り返されます。「汝等(なんだち)」とは、あなた方、皆さんという意味です。先生が生徒に語りかけている状況を想像してみて下さい。ここで大切なことは、皆さんは信ずることで理解が出来ます、と説かれていることです。「信解」の意味を心に止めて下さい。信じた者が仏様の言葉を理解できるのが仏法であることを忘れなければ、必ず仏様の御心を我が心とすることが出来るようになります。繰り返しますが「信解」であって「解信」ではない、と言うことです。すべてのお経文の中で最も大切な法華経の寿量品を説かれるにあたって、最初に三回も繰り返して、「信解」と仰せになる仏様の御慈悲を忘れないようにしたいものです。

○是時菩薩大衆 弥勒為首 合掌白仏言 (その時の大衆を代表して弥勒菩薩が手を合わせて仏に申し上げました)
 
 寿量品のこの御文から、弥勒菩薩をはじめとするお弟子方に対して説かれたのが寿量品であることがおわかりいただけると思います。そしてそのことは、朝夕に寿量品を読誦する私たちの心の中に、弥勒菩薩のような尊い心の一分を持っていることを表しているように思うのですが、ご参詣の皆さま如何でしょうか。寿量品を読むことがいかに素晴らしいことかがこの一事からもご理解頂けると思います。

○皆謂今釈迦牟尼仏 出釈氏宮 去伽耶城不遠 坐於道場 得阿耨多羅三藐三菩提 然善男子 我実成仏已来 無量無辺 百千万億 那由他劫 (釈尊は久遠の昔から仏だったのです)

 この経文が大切な「久遠を説き明かす」ところです。それまでは、釈尊は十九歳で王宮を出て出家をし、十一年間の修行の後、三十歳の時インド摩竭陀国(まかだこく)の伽耶城(がやじょう)で悟りを開らき、華厳経を始めとする教えを説き人々を導いてきたとされておりました。ところが、この法華経の寿量品で、このように説かれたのです。

 インドで生まれ育って修行をして悟りを開かれた釈尊を、始成正覚の仏(しじょうしょうがくのほとけ)と言います。文字があらわす意味は、始めて正しい悟りを成じた仏様、ということです。しかし、実は、仏に成ったのははかりしれない昔である、と明かされたところです。はかりしれない昔、つまり久しく遠い昔のことですから「久遠(くおん)」というのです。この久遠が明かされることが法華経を説かれる大きな目的でした。

 年末年始の慌ただしい季節ですが、御題目を心に乗り切ってまいりましょう。必ず、明るく楽しい新年が迎えられます。明年も御報恩のご信心にお励み下さい。

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