日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成24年12月

佛乗寺檀信徒の皆さまへ

 今年も残りわずかとなり、新しい年がまもなくです。皆様にはいかがお過ごしでしょうか。宗祖日蓮大聖人様が私どもに、新しい年を迎える心構えを残して下さっております。『十字御書』という名前で今日まで伝えられているもので、御真蹟は総本山大石寺に厳護されております。来るべき年が良き年であるように念じ、共々に拝読したいと思います。

十字御書  弘安四年一月五日 六〇歳

十字一百まい・かしひとこ給び了んぬ。正月の一日は日のはじめ、月の始め、としのはじめ、春の始め。此をもてなす人は月の西より東をさしてみつがごとく、日の東より西へわたりてあきらかなるがごとく、とくもまさり人にもあいせられ候なり。
(新編御書・一五五一頁)


【意訳】

 御本尊様への御供養の品々である、蒸し餅を百枚、籠に入った干し柿やかちぐりなどのお菓子を確かにお受けし、お供えをいたしました。

 正月の元旦は、日の始まり、月の始まり、年の始まり、春の始まりです。この日を大切に思い修行に励む人は、たとえば、月が西から東に向かってだんだんと満ちてゆくように、太陽が東から西に向かって大地を照らしだしてゆくように、福徳がより勝(まさ)り、周囲の人たちからも大切にされるようになります。


【解説】

 正月の五日に富士上野から当時山梨の身延の地におわしました日蓮大聖人様に御供養を申し上げた重須殿女房(おもすどのにょうぼう)へのお手紙です。重須殿とは石河新兵衛能助(いしかわしんべえよしすけ)のことです。総本山大石寺の北にある、重須の地頭でしたので重須殿と呼ばれております。御供養を申し上げたのはその夫人で、南条時光殿(なんじょうときみつ)のお姉様です。

 弘安四年(一二八一年)は文永十一年(一二七四年)にあった最初の元寇から八年目にあたり、五月に二度目の元寇である「弘安の役」がありました。

 そのような世情にあって、石河家の人々、ことに夫人は日蓮大聖人様の南無妙法蓮華経のご信心を正直に持ち精進を重ねておりました。この時も、正月早々に種々の御供養をお供えするために、大聖人様へ使いを出されました。御供養の一つ、「十字」は餅米を粉にして団子状にしたものを蒸して作ります。蒸す時に熱がよく回るように十文字の切れ目を入れたようです。十文字の切れ目があることから、蒸した餅のことを「十文字」と書いて蒸し餅(むしもち)と呼ぶようになったといわれております。

 また「かしひとこ」とは、現在のお菓子、スイーツではなく、「干し柿」や「かちぐり」などのことをいいます。砂糖などの甘味料が貴重であった時代です。干し柿などは、今日のお菓子の役目を担っていたのです。それを「ひとこ」、つまり一つの籠に盛って御供養を申し上げた、ということです。

 次に、正月のもつ意義を示されております。一日の始まりはもちろん、十二ヶ月ある月の初めであり、一年の初めであり、春・夏・秋・冬の四季の始めでもあります。でありますから、毎月の一日とは違うことを思って、信心修行に励むならば、徳も勝って、周囲の人たちから大切にされるようになる、と御本尊様を中心に置いた生活の功徳を教えて下さいます。

 ここで、大聖人様が、「福徳がまされば周囲の人たちからも大切にされるようになります」と教えて下さることは、ごくごく当たり前のことで、皆そうなりたいと願っております。ところが、その方法がわからなくて迷っているのが私たち凡夫だといえます。

 よく職場に溶け込めない、あるいは周囲に馴染めない、との悩みを見聞きします。学校や職場、近所などの人間関係は時と共に難しくなっているように感じます。それを解決するものとして、この御文が有用なのではないでしょうか。徳を積むことによって周囲からも大切にされるようになる、「南無妙法蓮華経」と御題目を唱える修行をすれば、そのような問題は解決する、と伝えることも、日蓮正宗富士大石寺の檀信徒である私たちの役目ではないでしょうか。

 当お手紙の最後の部分で
法華経を信ずる人はさいわいを万里の外よりあつむべし
と述べられ、「南無妙法蓮華経」と御題目を唱えることは、世界中から幸いを集めるほどの豊かな心になれる、と私たちを励まして下さっております。

 佛乗寺の檀信徒の皆さまには、この日蓮大聖人様のお言葉を信じ、年末年始の慌ただしい中ではありますが、「南無妙法蓮華経」と御題目を唱え、日々新たなる心でご精進されますことをお祈り申し上げます。

平成二十四年師走
日蓮正宗佛乗寺 住職 笠原 建道
佛乘寺檀信徒の皆さまへ

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