日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成25年1月6日 広布唱題会拝読御書

諸法実相抄

諸法実相抄 (平成新編御書六六六頁)
文永一〇年五月一七日  五二歳

諸法実相抄 (平成新編御書六六六頁)

いかにも今度信心をいたして法華経の行者にてとをり、日蓮が一門となりとをし給ふべし。日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか。

【通解】

どのようなことがあっても、この度は信心を強盛にして法華経の行者として信仰を貫き、日蓮の一門として退転なく信心に励みなさい。日蓮と同じ心であればその人は地涌の菩薩と同じです。


 本年は『団結前進の年』と銘打たれました。日蓮正宗での団結とは、申すまでもなく宗祖日蓮大聖人様の御心の下で、法華講衆が心を一つにすることです。

 拝読の御文では、
「日蓮と同意ならば」
と団結の絶対条件を明らかにされ、大聖人様と同じ心であれば勿体ないことに、
「地涌の菩薩たらんか」
とまで仰せ下さり、大聖人様の御心に一致団結する尊さを御教示下さるのです。

 ただし、この「地涌の菩薩」との仰せは、総別の上から拝することが肝要です。つまり、末法御出現御本仏日蓮大聖人様のただお一人が地涌の菩薩であられ(別しての意)、私たちはどこまでいっても、大聖人様の眷属であり、地涌の菩薩の眷属である(総じての意)、との謙虚な心構えでなくてはなりません。総別が理解できないと、平等偏重思想に陥り、池田大作をして、末法における二人目の法華経の行者、というような邪義を信仰する創価学会のようになるのです。「南無妙法蓮華経」と御題目を唱えていても、この「総別」をわきまえないと、大謗法となり無間地獄の苦を受ける彼らを反面教師とすることが出来ます。

 私たちは、総別をわきまえ、「日蓮大聖人様と同意」することにより、大きな功徳が受けられることを自覚すべきです。

 また、『生死一大事血脈抄』には、
「総じて日蓮が弟子檀那等自他彼此の心なく、水魚の思ひを成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱へ奉る処を、生死一大事の血脈とは云ふなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり。若し然らば広宣流布の大願も叶ふべき者か。剰へ日蓮が弟子の中に異体異心の者之有れば、例せば城者として城を破るが如し」 (五一四頁)
とありますように、日蓮大聖人様のお心を我が心として、「異体同心」の信心に励むならば広宣流布の大願が叶えられるが、「異体異心」であれば、「異体同心」の団結をも破壊することになると、注意をされていることも忘れてはなりません。

 『上野殿御返事』にも、
「よくふかく、心をくびゃうに、愚痴にして而も智者となのりしやつばらなりしかば、事のをこりし時、たよりをえておほくの人をおとせしなり」(一一二三頁)
と示されております。御在世にも、何か事が起こったときに、強欲でしかも臆病な者が、物知り顔にあれやこれやと言いつのって、周囲を退転に至らしめた者がいたことを述べられております。

 このことからも、広宣流布に向かう私たち法華講衆にあっては、「異体異心」を戒め、「城を破る者」にならないように、と互いに励まし合うことが肝要です。

 本年を、「団結前進の年」と銘打たれた御法主日如上人の御意を体し、より一層精進をいたそうではありませんか。


以上

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日蓮正宗向陽山佛乗寺