日蓮大聖人御書拝読と御法話

平成25年6月1日 永代経

法誉の一善

《お寺にお参りする功徳》
【法誉の一善(ほうよのいちぜん)】

 中国の広州という所に、性格が粗暴で乱暴者の法誉という者が住んでおりました。ある時、地獄の主である閻魔法王(えんまほうおう)が、法誉の死後に生まれ変わるところを決定するために、閻魔王庁に引き出しました。

 閻魔法王は、閻魔王庁の配下に命じ、生前の善悪を記録した札を調べさせました。一生の間の善悪の記録ですから膨大な数です。係の者は懸命に調べ残り僅かとなったところで、閻魔大王が、「この者の行いはどのようなものであるか」と尋ねたところ、係の者は、「三台の車に乗せて運ばれたきた記録の内、二台分は全て見ました。残り一台もまもなくまもなく終わりますが、悪事ばかりで善きことは一切ございません」と答えるばかりでした。閻魔法王は、「汝(なんじ)は前世の善き因縁により人間に生まれ合わせることが叶いながら、善きことを少しもしないとは、それは譬えていえば、宝がいっぱいある山に入って宝を手にすることが出来ないようなものである」と法誉を叱りました。

 その上で係に、「あるいは善きことがあるかも知れない、さらに詳しく調べるように」と命じました。係の者は、無駄だろうと思いながらも仕方なく調べてみると、古くて小さな札の、しかも端の方に、たった一つ善きことが記されておりました。その善きこととは、法誉がかつて友に誘われてお寺にお参りをし、法華経の話を聴聞した、という記録でした。 早速係の者が閻魔法王にこのことを報告いたしましたところ、「とても素晴らしいことである。汝は生前に法華経の教えを聞いた、という大功徳が具わっている。法華経聴聞の功徳により、過去の罪が消えないことはない。この功徳で来世は天界に生まれ合わせることが叶うであろう」といい、たいそうな喜びようでした。

 また、閻魔法王は、配下の者たちに、「どのような悪業があったとしてもただ一つの善業には及ばないのである。だから、ただ一つの善業を讃嘆しさらに善業を行うように励ますのである」といい、法誉の悪事を記録した札をその場で焼却させました。法誉はこの不思議な様子を目の当たりにして、これまでの生き方を悔い改め、人間に生まれ変わることが出来たのでした。

 これは中国・唐の祥公(しょうこう)という僧侶が編纂した、法華経の不思議な功徳を集めた『法華伝記』という書物に記されております。これについて、総本山二十六世日寛上人は、「だだ一度お寺にお参りをして、法華経の教えを聞いた功徳により、過去世からの数え切れない罪を消滅させることができるのです。二度三度と足を運ぶのであれば、その功徳はなおさらでありましょう。まして、純真な心で法を求めるご参詣には、必ず仏様の御心を具える功徳を得ることが出来ます」と述べられ、日頃から日蓮正宗のお寺に参詣することを勧め励まして下さっております。(『歴代法主全書第四巻』【日寛上人壽量品談義・要約趣意】


《来世を決めるのは今の私》

『寿量品談義』
「衆生、前生に善悪の業を作り已って死して中有にある時、其の業力に由り、能く生処の父母の交会を見て愛心を起こし胎内にやどる」(『富士宗学要集』十巻二四〇頁)

《情けは人のためならず》

『上野殿尼御前御返事』
「人にものをせする人は、人のいろをまし、ちからをそえ、いのちをつぐなり。人のためによる火をともせば人のあかるきのみならず、我が身もあかし」(新編御書・七五一頁)

《布施は自らを幸せにする修行》

〇七施(しちせ・七種類のプレゼント)
 @眼施(げんせ)・優しい眼差。
 A和顔悦色施(わげんえつじきせ)・笑顔、喜びの顔。
 B言辞施(ごんじせ)・優しい言葉、思いやりのこもったあたたかい言葉。
 C身施(しんせ)・手を差しのべるなどの身体的な事柄。
 D心施(しんせ)・他の人々を思いやる心。
 E床座施(しょうざせ)・座る場所を譲ること。
 F房舎施(ぼうしゃせ)・家や部屋などを他者の為に用いること。
 
 鬱陶しい季節ですが、梅雨も大切です。何故なら、美味しいお米には水も不可欠だからです。何ごとにも無駄なことがない、と日蓮大聖人様は教えて下さっております。三千ヘルツの笑顔であれば、心の中のカビも退散します。ご精進を。

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日蓮正宗向陽山佛乗寺